〜本有引力〜

本と本がつながりますように

小泉佳春「Before」展@森岡書店銀座店

掲題の展示に行ってきました。

小泉佳春さんは、女性誌やライフスタイル系の雑誌を中心に活躍された写真家です。2000年代中頃、雑誌や書籍でハッとする写真を見つけると、小泉さん撮影のものだった、ということが多々ありました(今回の展示案内で、森岡さんもそう述べられていますね)。

多方面で活躍されていましたが、病のために2011年に早逝されました。

仕事を通じて少しではあるけれど縁があり、また個人的にその写真が大好きだった私にとって、非常に悲しい出来事でした。

当時、他所に下記のようなことを書いていました。
(元にしつつ本記事になじませようかと思いましたが、読み直してみて当時の感覚のままのほうがよいと思い、体裁等を少し調整するのみにしました)

小泉佳春さんのこと

2007年度のキルトの連載記事で、小泉佳春さんに撮影をお願いした。既に超売れっ子のカメラマンで、紹介してくれた先輩からも「3~4か月は予定が埋まっているはず」と聞き、ビビりながら最初の連絡をしたことを覚えている。最初の電話から結構きっちり仕事の内容や期間を詳しく確認されとっても緊張したのが最初の印象だった。

古いマンションの1室に自ら手を入れて作り上げたスタジオは、随所に小泉さんのモノへのこだわりが感じられる素敵な空間だった。12回の季節の作品撮影では、小泉さんが自ら塗って仕上げたなんともよい風合いの天板が大活躍した。机や椅子、照明など、どれをとっても味わいのあるものばかりで、打ち合わせと撮影の際、スタジオに行くのがとても楽しかった。毎度供される、淹れたての美味しいエスプレッソが懐かしい。

仕事に対しては厳しい人だった。曖昧な説明にはビシッと追及の質問が入り、こちらも常に仕上がりのコンセプトを改めて意識させられた。誌面になるときのトリミングや色についても、責了まで、あるいは本が出来上がってからも細かい確認をされるので、編集者としてもいつも緊張しながら臨んでいた。無論、いい意味での緊張。

仕事の質については厳密だけれど人柄は実に親しみやすく、話好きで好奇心が旺盛な人で仕事の場はいつも楽しくて、こちらの意識もとても刺激された。(仕事もあるのだろうけれど)美味しいモノが大好きで、旅が好きで楽しい情報の豊富なスタイリストIさんとの組み合わせもあり、撮影現場では毎回とにかくいろいろな方向に話題が展開し、盛り上がった。

売れっ子だからこそのことだったのだろうけれど意外に?スケジュール管理に抜けがあって、わずか1年間の仕事にもかかわらず、ダブルブッキングのために直前に「ごめんなさい、時間をずらしてもらえますか?」という連絡を受けたことが多々有った。そんなところも、なんとも愛すべき人だった。

12ヶ月、24枚のピースをつなぎ合わせた大作の撮影は今でも忘れられない。作品イメージに合う撮影場所をギリギリまで探して辿り着いたのは、江戸東京たてもの園内の前川國男邸。12月の朝一番に現場入り、寒さを防ぐために梱包材で作ったオーバーシューズを皆で履き、朝の弱い光のなか、シャッタースピードが稼げない状況で2メートル近い高さのキルトを棒に通して吊るし、両端を支えながら息を殺してなんとか静止、撮影をこなした。あっという間の、でも非常に楽しく濃密な、最後の撮影。

思えば、直接お会いしたのもそれが最後になってしまった。

連載が終わり、翌年(2008)末の単行本化に向けて動き出した頃。撮影のための最初の打ち合わせがもう決まっていて、まもなくその日を迎えるはずだった。

ちょっと驚くくらい朝早い時刻に、携帯電話が鳴った。またいつものダブルブッキングかな、と思ったところ「申し訳ありません、これからしばらく長く治療をすることになるので」という思わぬ連絡だった。

詳細がわからぬまま、僕の企画は年末に単行本となり、小泉さんが担当されていた女性誌の連載ページのクレジットがほかの人に代わっていくのを見ながら、快復を祈っていた。

翌年(2009)の前半だったろうか、小泉さんご自身から現場復帰の連絡があり、夏には自分が異動になって、「完成できなかった仕事もあるのでまたいつか、新しい本を作りましょう」という言葉を添えて連載時のアザーポジを返却し、小泉さんからもお返事をいただいた。

昨年(2010)5月には、森岡書店での個展の案内をいただき、残念ながら在廊中に訪ねることはできなかったけれど、後日、小泉さんから御礼のメールをいただいた。雑誌、書籍でもまたお名前を拝見するようになっていたので僕はてっきり、もうすっかり全快され、バリバリ活躍されているものだと思っていた。

未だに信じられないし、信じたくない。

お子さんが駒場の保育園に通っていらして、駒場で学生生活を送っていた僕と、やはり近辺に住んでいるIさんとは駒場にまつわる話をたくさんしたものだった。新宿のヨドバシカメラにて、オフの小泉さんが奥さんと一緒に、双子のお嬢さんのベビーカーを押しているところに出会った、なんてこともあった。いつもお話を伺うほどに、お子さんのことをとても愛していることが伝わってきた。

愛するご家族、特にまだ小さなお嬢さんたちをのこされていくことが、どれほど辛かったろうか。そのことを思うだけで、やりきれなさで頭が痛くなる。

今日、お別れの会に参加してきた。

僕などほんの短い付き合いだが、それでもこれだけ惹かれている。より縁の深いほかの方々にとってはどれほどの悲しみだろう。あれだけの大勢の参列者は、小泉さんの人柄の鏡なのだろう。

ここまでに書くのをすっかり忘れていたけれど、小泉さんの写真は本当に美しかった。

なんでもない、ごくありふれたモノであっても、実に素敵なモノとして写し取るのだ。そのモノが存在する空気を、温かく柔らかくすくい取るのだ。

一緒に仕事を完成させられなかったこともとにかく悲しいけれど、一人のファンとして、小泉さんの新しい写真が見られないことが悲しい。

今度、また尾花に鰻を食べに行こう。いつか、奈良の秋篠の森に泊まりに行こう。

小泉さんのことを思って。

〈2011年8月14日記〉

このなかにもあるように、2010年、森岡書店さんがまだ茅場町にお店を構えていた頃、小泉さんの写真の展示がありました。

今回の森岡書店銀座店での展示は、そのときの写真――小泉さんが独立からしばらく後の頃に、アメリカ西部を車で移動しながら撮影した写真――を、新しく装丁し直した冊子の展示販売を行うためのものです。

ほんのわずかに端に暖色がにじむ薄明の空の水色と、画面のどこかに捉えられた水色・青。アリゾナネバダなど乾いた大地のロードサイドの風景だけれど、なぜか少ししっとりとした感じのある青色が、やっぱり美しい。

(一つだけ苦言を呈すると、一部の写真の額装部分に歪みなどが見られました。写真も空間もとてもよいものだけに、ちょっと残念……)

会期は今週末20日までと、あまり長い期間はありませんが、もしよろしければ、小泉さんの写真をぜひ直に見てみてください。

小泉佳春「Before」展
会場:森岡書店銀座店(東京都中央区銀座一丁目28-15 鈴木ビル1F)
会期:2023年8月15日(火)~20日(日)
時間:13:00-19:00(最終日は18:00まで)


わずかですが、私の手元にも、小泉さんの美しい写真が載った本があります。

『美しいもの』『美しいこと』
赤木明登/小泉佳春(写真)、新潮社

いずれも雑誌「住む。」の連載から生まれた本で、輪島塗の塗師赤木明登さんが、さまざまな分野の「ものをつくる」人を訪ね、対話を重ねて考えた「美しいもの・こと」について綴ったエッセイ集です。

表紙や背に、赤木さんの名前と並んで「写真/小泉佳春」と記されているように、赤木さんの文章だけでなく、小泉さんの写真もまた、本書の大きな柱となっています。もの・人・場・風景と、被写体はさまざまですが、どの写真にも共通する一本の筋のようなものが感じられます。

時間が止まったように静止しているのだけれど、ほんのりやわらかくあたたかい、人の手の名残のような雰囲気が伝わってくる――

昨日、本棚から取り出して読み直してみて、つくづく美しいなぁ……と惚れ惚れしました。

いずれも10年以上前に刊行された本でもあり、書店店頭で見つけるのは決して簡単ではないかと思いますが(それでも、大きな書店の在庫を見ると今も在庫があるようです)、よかったらぜひ、お手にとってみてください。