2023年、毎月の一冊
仕事も家のこともまだまだ納まっていない今日このごろですが、#木曜日は本曜日 というタグをつけた記事を上げ始めた本年の、本屋活動の〆として、最後の記事を上げたいと思います。
一年の活動を総括してみたり、「今年の一冊」について書いたり……ということができればよいのですが、ていねいに振り返りをする余裕が心身ともにないのが正直なところ。そこで、「毎月の一冊」ーー今年の各月に読んで印象に残った本を、ヒトコト添えてご紹介することにします。
1月:奈倉有里『夕暮れに夜明けの歌を 文学を探しにロシアに行く』
1月の本であり、今年最初の、そして最高の一冊と言ってよい本です。
言語を学ぶことは、ただ記号や意味を知識として得ていくことではなく、その言語を通して生きること。そして、それを何よりも体現し、私たちに語ってくれるのが文学であるということ。
文学や芸術などは、人生において余技――生活上の余裕のうえにあるもの――ではなく、人が生きるうえで欠かせない本質的なものなのだということを、今年はいろいろな機会で考えさせられましたが、そのことを最も強く印象づけてくれたのが、この一冊でした。
2月:家永真幸『パンダ外交』
2月21日、上野動物園にいたシャンシャン(香香)が中国に帰っていきました。そのタイミングで、人づてに譲り受け長らく積読になっていたこの一冊を読みました。
「パンダ」というひとつの現象から、社会が、歴史が、幅広く深く読める。学生の頃から好きなジャンルですが、文化史ってやっぱりおもしろいと改めて実感しました。
ちなみに、著者の家永さんとは、まさにその学生時代に縁があり、一緒に留学生たちと遊んだり飲んだりしたことがあります。
3月末に敢行した、小学校を卒業する子との旅。第一目的はベルリンでしたが、もう1都市どこかに……ということで定めたのがチェコ・プラハでした。20年ぶりに訪れるプラハの予習として、以前にも読んでいて大好きなこの一冊を再読。
冒頭から登場する、プラハで最も伝統あるビアホール「ウ・ズラテーホ・ティグラ(黄金の虎)」。『もやしもん』8巻(ビール編)にも登場するこのお店に、機会があればぜひ行きたいなぁ……なんて思っていたら、滞在したホテルと観光の中心地・旧市街広場のあいだにあるではないですか!
巨大なザックを背負ったまま、という一見さん丸出しな状態で申し訳ない気持ちもありつつ、次に訪れる機会はそうそうないだろうと、思い切って飛び込みました。ピルスナー・ウルケル、甘くてコクがあって美味しかったです。
4月:「IN/SECTS」vol.16 本をつくる
いつも興味深いテーマで、深く掘ってくる「IN/SECTS」。特にこの「本をつくる」号はおもしろかった。ちょうど自主制作的な本を手掛けようとしていたタイミング、非常に響きました。
全国のユニークな小さな出版活動のデータベースとしても、非常に価値ある一冊です。
5月:遠藤周作『沈黙』
GWに地元に戻った際に、いろいろ文庫を掘り出して持って帰ってきたなかの一冊。仕事にもつながるものとして、大学生の頃以来?に読み直しました。
神とはなにか。信仰とはなにか。人間が気にする表面的な信仰のかたちによって、神は心より己を頼りにする人を拒絶することがあるのだろうか。どの時点から人の信心は神に受け入れられるのかーー私自身は信仰を持っていませんが、本当に深い問いのある一冊で、読んで半年以上が経ったいまもなお、この問いについて考えることがあります。
6月:パトリック・スヴェンソン『ウナギが故郷に帰るとき』
ウナギの生態を巡る、科学的史的文化史ーーつまり、その生態を追った人々の探求の歴史がひとつの軸になっているのですが、生物学=サイエンスが基礎にある話でありながら、人文的な知的好奇心をくすぐる話題が豊富に含まれていて、なんとも読み応えがあるのです。
さらに、もう一つの軸が、著者自身の、ウナギそして自然と暮らしてきた記憶をめぐるエッセイになっていること。ローラ・インガルス・ワイルダーの「大草原の小さな家」シリーズなど、自然と関わりながら生きる人びとの世界を見ているような、そう、いつの間にか物語作品を読んでいるような、不思議な、そして心地よい読書感覚に陥る一冊でした。
もう文庫化されているようです。手軽に手に取れるのもよいですが、単行本の装丁が素敵なのでそれもぜひ御覧ください。
7月:多和田葉子『白鶴亮翅』
朝日新聞での連載小説の単行本化。その連載時に、毎日一枚、掲載されていた溝上幾久子さんの版画の原画展@hasu no hanaにて、手に入れました。本には挿絵はありませんが(カバーを外すと表紙に素敵にアレンジしてあります)、展示で味わったその原画の世界観をふわふわと保ったまま読みました。
一見、何も目立つことが起こるわけではない日々の描写なのに、一冊を通してものすごくたくさんの、そして小さな世界を見るようです。タイトルの「白鶴亮翅」は太極拳の型?動作?の名称ですが、物語の中でも太極拳が一つの大事な要素となっています。その太極拳の動きのように、たくさんのまったく異なる小さな事々が、明確な境を持たずに流れていくような、そんな印象でした。この世は小さな「境界」がいくつも複雑に接していて、そこには個々に切実なことがある。
8月:川原繁人『フリースタイル言語学』
おもしろい言語学の本がないかな、と思って探していたなかで、はじめはタイトルと装丁から若干手に取るのを躊躇していた一冊。でも開いたら絶妙におもしろい。文章のリズムがいいのは、やはり音韻論がベースの方だからでしょうか。
研究者としての真摯な姿勢と方法で、ポケモンやメイドカフェといった身近で親しみやすい対象に取り組む。楽しくないわけがありません。内容・文体的にも、また著者の自己評伝的なところを読む意義という点でも、中学生の子にも勧めたいと思いました(まだ渡していない)。
9月:深緑野分『この本を盗むものは』
こちらも、もともとは子の誕生日に贈ったもの。それを夏休みの宿題の読書感想文に選んだということで、どれどれと自分も読んでみました。
ストーリーの構成、そして結末は、若干荒唐無稽で都合がいいかな、と感じる面もありましたが、「『本好き』ってなんだろう」ということについて考えさせてくれるところが興味深い。街の書店の事情みたいなことも含めて、作中にいろいろな立場が織り込まれている点がよいですね。
10月:今村翔吾『イクサガミ 地』
週刊誌の書評で見かけて、なんだかおもしろそう、と思い手にとった一冊。既刊の『〜天』と併せて、それこそ物語の主人公たちが東海道を東へ猛烈に進むのと同じように、一気に読み進めました。
剣士によるバトルロワイヤル、というのは漫画「我間乱」を思わせるところがありますが、現実の歴史との重ね合わせ方が絶妙で、そのリアルさにぞくぞくさせられます(『〜地』の巻の結末には、思わず嗚呼……と)。
早く第3巻(『〜人』?)が読みたい。今村翔吾先生、よろしくお願いします!
11月:瀬尾まいこ『私たちの世代は』
刊行当初から(勝手に)あちこちで激推ししていた『夜明けのすべて』の映画化が決まり、注目されていた瀬尾まいこさんの新作。ようやく読むことができました。
「コロナ禍」の時代を経た、子どもたちの物語。
よくわからないものでも、あえて前情報を入れずに物語に入っていくのがいつもの読み方(なので、特に翻訳文学などでは、キャラクターの声が定まらないと、入り込むのに時間がかかることも)。この作品も、最初はちょっとぼんやりと感じられる。けれど、それは明らかに作者が意識して採った書き方なのでしょう。読み進めるほどに、マニュアルフォーカスのレンズのピントリングを回して、徐々に、そしてキリッと像が立ってくるような、そんな読書体験。
登場する人たちの優しさと切実さに、そしてこの3年間のこと、明確に認識はできない重さを負い、それを言葉にできないできた人(子どもたち)のことを想像して、目の前が滲んできました。
何かが終わった、区切られたわけではないけれど、今年のこのタイミングで読めたことを、大切にしたいと思います。
12月:藤井基二『頁をめくる音で息をする』
読み挿しになっていたところを、荷物が多いのでちょっと軽めの本がほしいな、と思って本棚から取り出しました。
深夜の古本屋の店主が語る話。だから、やはり夜、お酒かあたたかいものを飲みながら読むのがいちばんいい(オレンジ色の光で)。でも、朝の通勤電車であっても、ぐっと惹きつけられてしまう、文章の味わいがあります。
詩が、著者の根底にあるからなのでしょう。エッセイとして書かれたものと、日記として記されたものが収められていますが、それぞれに味わい深い。どこを開いても、本の気配、息遣いが感じられるような。
こういう文章を、日々のなんでもない記録として書けるようになりたいなーー来る年の、自分のゆるやかな目標にしようなどと思いました。
そんなわけでまもなく暮れる本年。まだまだ読みたい本はあるけれど、読める時間には限りがあります。積読が多々あることは承知しながら、とりあえず今日は、もう一度『夕暮れに夜明けの歌を』を持って出かけました。
残り僅かな本年も、そして来る年も、みなさんに佳き本との出会いが訪れますように。