〜本有引力〜

本と本がつながりますように

本で味わう朝ごはん・余録

前回「本のなかの朝ごはん」をテーマに、本の話、映画の話などを取り上げました。

その記事を書きながら、いや、遡ればもともとその発端となった世界の旅と朝ごはんのトークを聞きながら、私自身の「旅の朝ごはん」の記憶を思い返していました。そこで今回は、ちょっと本の話から逸脱して、個人的な思い出話となりますが、印象に残る旅の朝ごはんのお話です。

大学4年生のとき、友人に誘われてスペインを3週間回ったことがきっかけで、旅の面白さを知りました。大学院時代はヨーロッパをちょっと長めに周遊、就職してからは短期間で訪れやすいアジアの国々に1週間前後滞在するような旅をしていました。

大学院生の頃、ドイツ、オランダ、ベルギー、フランス、そして足を伸ばしてチェコプラハ)を2ヶ月ほどかけて訪れた西欧の旅では、どの町でも概ねドミトリー(相部屋)での滞在で、朝食は食堂に用意された食事を自由にとるスタイルでした。パン、ハムとチーズがそれぞれ何種類かあって、サラダとフルーツ、そしてシリアルにヨーグルトなどがあるのが基本。パンはドイツのものが圧倒的に美味しくて、オランダではチーズが絶妙でした。フランス(パリ)の宿は結構値段が高かったのに、コーヒーとパンだけでちょっと残念な気がしましたが、流石にパンの味は素晴らしかったです。

仕事を始めてから訪れるようになったアジアの国々でも、それぞれ特色ある食文化を楽しんできました。

岡根谷実里さんが、ベトナムの朝ごはんを例に東南アジアでは外で食べる麺料理が多く見られるという話をしていましたが、私が訪れたカンボジアでもやはりフォーのような米粉の麺を露天の食堂でいただきました。レモングラスなどのハーブがテーブルにどんと置かれていて、そこから好みでトッピングをしていただくのがおもしろかった。

バナナの葉に包まれたちまきのような蒸し料理もあって、なんだか日本のお蕎麦・うどん屋さんにあるお稲荷さんみたいだな、と思ったことを覚えています。

スペインのボカディージョ(サンドイッチ)、チュロスとチョコラテ・カリエンテ(ホットショコラ)、トルコのスィミット(ゴマのついたパン)、ウズベキスタンのノン(巨大なパン)、ダブリンで食べたアイリッシュ・ブレックファースト(卵、ベーコン、ソーセージなどのボリュームたっぷりのワンプレート)、台北の鹹豆漿(シェンドゥジャン:塩味の豆乳スープ)と油条(ヨウティアオ:揚げパン、鹹豆漿に入れていただく)……

一つ一つの朝食にそれぞれ思い出がありますが、そのなかでも特に印象に残っているのは、ネパールでいただいた、なんとものんびりした朝食のことです。

もう20年近く前ですが、首都カトマンズから東へ35㎞ほど、エベレストを含むヒマラヤ山脈の素晴らしい眺望が得られるというナガルコットという村を訪れました。

夕方に到着したときは曇りで、夕食を終えて寝入った夜半には豪雨、そして朝は濃い霧が出てしまい、ヒマラヤから昇る朝日を拝むことはできなかったのです。残念ではありましたが、それもまた旅らしいエピソード。気持ちを切り替えて、朝ごはんのお店を探しに出ました。

ネパールでは、一般的に一日に2食、11時頃と19時頃に食事をとるようです(その間に間食があって、街角で売っている揚げたてのサモサや揚げパンなどをいただきました)。

ヒマラヤの絶景と朝日は見られなかったものの、村の道をのんびり散策しながら、日本的にいえば遅い朝食を食べようと食堂を探していたところ、食事の看板を出しているお店が見つかりました。明るい雰囲気で、メニューは2種類のみとシンプルでわかりやすい。同じ宿に泊まっていた日本人と一緒にそこに入ってみることにしました。

メニューは次の2種類。

①本日のスープ+プリ
ダルバート

「プリ」というのはインドやネパールなどでよく食べられている揚げパンのこと。そして「ダルバート」はネパールにおける定番ごはんで、いわば“定食”と言えるもの。ダル(豆のスープ)とバート(ごはん)を軸に、タルカリ(いわゆる「おかず」で、じゃがいもやカリフラワーなどのカレー炒めなど)とサグ(青菜の炒め物)、そしてアチャール(漬物)がつきます。

同行者は①を、私は②をオーダーしたところ、お店の人が「①はすぐ用意できるが、②はちょっと時間がかかるけれども大丈夫?」と確認してきました。同行者も私も、特に慌てる予定もない気ままな旅人。別に問題ないよ、と伝えて料理が出てくるのを待つことにしました。

しばらくすると、同行者が頼んだスープとプリが出てきました。このスープも「ダル」ですね。すぐ出てくるということは、スープはたっぷりつくってあるのでしょう。その点は日本のランチメニューなどと同じようです。

ダルバートはどんな感じかな、と楽しみにしつつ、ほかにお客さんもいないのでちょっと厨房を覗いてみると……なんと、唐辛子や青菜など、野菜や香辛料を仕込むところから始めているではないですか! なるほど、①と②のメニューにかかる時間の差は、ここにあったのですね。

ちょっと同行者には申し訳ないな、と思いつつ、家族で協力しながら料理をつくっていく様子はなんとも素敵な光景でした。ただ、だいぶん凝った料理だったのでしょうか、結局1時間以上もかかったのですが……

すっかり日も高くなってようやく供された、銀色の大きなお皿に盛りつけられたダルバート。ネパールに滞在している間に3、4回は食べましたが、やはりこのときの出来立てのダルバートにかなうものはありませんでした。日本とは違うのんびりした時間間隔のなかでつくられた、作り手の顔が見える出来立ての朝ごはん。明るい光が差すキッチンの雰囲気は、いまでもよく覚えています。……ただ、不思議なことに、そのダルバートの写真は撮っていませんでした。これは本当に悔やまれます。

個人的な思い出をただ披露するだけでは、このブログの趣旨から完全に離れてしまうので、同じくネパールで触れた味について印象的な記述のある本を紹介したいと思います。

公文健太郎『ゴマの洋品店』(偕成社)

農業をはじめとする、日本のさまざまな失われゆく景色と人を撮る(そして、雑誌や広告の分野でも大活躍中の)写真家・公文健太郎さん(友人であり、仕事仲間でもあります)。その彼が最初に撮っていたのは、高校生の頃から訪れるようになったネパールの農村の人々でした。農村から街へ嫁いだ少女・ゴマを軸に、出会った人びとのエピソードを綴ったフォトエッセイ。公文さんと一緒にネパールの農村や町を歩いているような、そんな気持ちになれる素敵な一冊です。

ネパールやインドでは、「チヤ」というお茶(さまざまなスパイスの入ったミルクティー。他の国・地域では「チャイ」とも)がどこでも飲まれていることをご存知の方も多いと思います。

この本の主な舞台であるバネパの街に、一軒の新しいチヤ屋さんがオープンしました。お店を営むのは若者たちですっきりときれいなキッチン(通常は年季が入って油や埃のしみついたテーブルやガス台というイメージ)、普通カップはガラス製だけれど黒いステンレスのものに入れてくれる、など他のお店とは異なる個性のあるチヤ屋さん。

そして何よりも、他のお店にはない、チョコレートのような独特のコクのある味わい。なぜこの店のチヤは他のお店とは一味違うのか? お店を営む若者が、公文さんにこっそり教えてくれた淹れ方の秘密とは――

写真だけではなく、文章を通して公文さんの感性の素晴らしさを味わえる、大好きな一冊です。魔法のチヤの秘密、ぜひ読んで確かめてみてください。