〜本有引力〜

本と本がつながりますように

隣町珈琲ーー本でつながる「共有地」

お会式前ということもあり、話が一気に池上に飛びましたが、改めて五反田側に戻って、荏原中延へ。

今回ご紹介する話題は、本にまつわる人であり、場所であり、そしてそこからできた本のこと。

荏原中延駅と、大井町線中延駅のちょうど真ん中、中延スキップロードから、意外なほどゆったりとした地下への階段を下りると、そこには喫茶店隣町珈琲(トナリマチカフェ)があります。

この隣町珈琲を開いたのは、文筆家・平川克美さん。『小商いのすすめ』『21世紀の楕円幻想ーその日暮らしの哲学』など、資本主義が幅を利かせる現代社会において、その流れから軽やかに逸脱し、人と人がつながる新しい暮らしや経済のかたちを問う著作でご存知の方も多いでしょう。そのほかにも、言葉に対する鋭く繊細な感覚を伝える『言葉が鍛えられる場所』や、父の介護に向き合うなかで見えてきたものを綴った『俺に似たひと』など、多彩な本を生み出し続けています。

平川さんは、蒲田の工業地域の町工場に生まれ、千鳥町のあたりで青春時代を過ごしました。その後実家のあるその地域を離れたものの、池上線沿線との縁は深く、暮らしの拠点をこの沿線に置いています。そして、2014年には友人たちとともに、誰もがくつろげる喫茶店を、ということで隣町珈琲をオープン。現在の店舗からもほど近い住宅街のなかにあった当時のお店は、街の人にも、イベントなどで訪れる人にも、心地よく集える場所になっていきました。

ところが2020年、突然、店舗のある場所を退去しなければならないことになり、隣町珈琲は存続の危機に立たされます。よき縁もあって移転できそうな場所は見つかったものの、そこで直面したのはお金の問題。改修などのために必要な巨額の資金を、どうやったら用意することができるだろうか。そこで平川さんが考え出した驚くべき解決策はーー

その秘密と顛末については、今年2月に刊行された平川さんの最新著書『共有地をつくる わたしの「実践私有批判」』(ミシマ社)をぜひお読みいただければと思います(隣町珈琲のことをご存知の方は、詳しい経緯もご承知かもしれませんが)。

この本では、資本主義社会の一つの核となる要素である「私有」と対になるものは、「所有の放棄」ではなく「共有」にあると考えて、タイトルにもある「共有地」というものの、現代の社会での意義や可能性について論じています。その一つのかたちが隣町珈琲、特に、移転後の現在の隣町珈琲なのだと思います。

さて、隣町珈琲は、喫茶店であると同時に、本屋でもあります。“日本でいちばん小さい本屋”を自認する書店「隣町書店」として、平川さんの著作にとどまらず、広い意味で世界観が通底する本が並べられています。また、書店として販売する本だけでなく、喫茶スペースの壁面には平川さんの蔵書をもとにたくさんの本が並び、ゆっくりくつろぎながら多様な本を味わうことができます。

さらに、隣町珈琲は出版まで行っているのです。2020年3月、隣町珈琲が手掛ける文芸誌「ma1"」の第1号が刊行されました。巻頭には、大田の町工場の旋盤工でもあった作家・小関智弘さんへのインタビューが掲載され、川本三郎さん、関川夏央さん、内田樹さん、三砂ちづるさん、安田登さん、小池昌代さん……と、錚々たる書き手が文章や詩の言葉を寄せています。

tonarimachicafe.jp

2021年4月刊の第2号では、「記憶の中の本と街」という巻頭特集で、大森の古本屋「山王書房」の主人・関口良雄の随筆集『昔日の客』をめぐる鼎談など、本と街にまつわる深く心に沁みる話が綴られています。そして、特集記事だけでなく、詩も小説もエッセイも多数編まれていて、実に読み応えのある一冊になっています。

tonarimachicafe.jp


沿線の本にまつわる場として、これほど濃密な要素を持ったところもなかなかないと思います。でもその雰囲気はとても落ち着いていて、珈琲を片手に、本を読みながらゆっくりと過ごしたくなる空間です。ぜひ足を運んでみてください。
 
そして、この度の「沿線“本”まつり」では、平川さん著の『共有地をつくる』、そして隣町珈琲から出た雑誌「mal"」の第1号、2号を並べております。ぜひ隣町珈琲から伝わる空気を、本としてお手元に置いていただければと思います。


さらに、一つお知らせがございます。

10月15日(土)、なんと平川克美さんが池上ブックスタジオに来てくださることになりました!

午前11時から1時間ほど、「まちの中に“縁側”をつくる」というタイトルで、お話をしていただきます(ブックスタジオの棚主が聞き手役を務めます)。会場の都合上、現地でご観覧いただけるのは限定8名様のみ!となりますが(ただし、店頭でのパブリックビューイングもあり)、同時にオンラインで配信も致します。

<以下、イベントについての情報です>
2022/10/15(土)『池上線 沿線 本まつり』開催記念 特別配信「まちの中に“縁側”をつくる」平川克美(『共有地をつくる』著者)

次の土曜日開催と、お知らせが直前になってしまって本当に申し訳ございません。
よろしければ、ぜひご参加ください。

当日は、トークイベント後の午後、平川さんはしばらくブックスタジオに残ってくださる予定です。本へのサインをご希望の方、ぜひお越しください。


【池上線開業100周年記念企画 沿線“本”まつり/開催概要】
◆会場:池上ブックスタジオ(東京都大田区池上4-11-1第五朝日ビル1F/東急池上線「池上」駅より歩8分)
◆期間:10月1日/7日、8日/14日、15日/21日、22日/28日、29日(金・土)
◆オープン時間:各日13時〜18時
◆イベント内容:
・池上線沿線にまつわる本の販売(主に新刊書籍)
・池上線沿線にまつわる本の展示
・沿線にある書店や出版社の紹介