紙を折って、型を重ねてはさみで切って、開いてみると……なんとも美しい文様が表れます。
江戸時代の人々が楽しんだという「紋切り遊び」、それを「もんきり」というモダンなかたちで復活させたのが、御嶽山にある出版社・エクスプランテです。
「もんきり」遊びの楽しさは、切って開いてパッと美しいかたちが表れる、その一瞬の驚きや感動にももちろんあるのですが、目の前に表れたそのかたちが持つ意味合いや季節感など、かつての人たちがその紋・文様に込めたり願ったりした思いなどを想像するところにもあるのではないかと思います。
江戸時代の人々は、紋や文様を着物やのれん、提灯や食器、てぬぐいなど、暮らしのさまざまな場面に取り入れて楽しんでいました。スタイリッシュなものもあり、洒落の利いた使い方もありと、ユーモアと機知にあふれた優れたデザインだったのですね。
エクスプランテでは、この「もんきり」シリーズを中心に、文様や季節の行事や自然など、伝統的な暮らしや精神を感じて楽しむユニークな“遊び”をかたちにしています。
さきほど「出版社」とご紹介しましたが、取り上げるものを考え、自ら取材し(取材というよりも「フィールドワーク」というのがぴったり)、手を動かしてつくり、言葉を綴り、デザインをして本というプロダクトに仕上げるーーつまり作家・制作者とデザイナーと編集者が一体になっています。
これまでの活動や制作物を見るとおわかりいただけるかと思いますが、いわゆる「出版」という枠に留まらず、ワークショップやフィールドワークなど、興味を惹かれる対象があれば、自らそこにアプローチをして、それぞれに合うかたちで多彩な展開をしていきます。
2016年には、御嶽山の駅から商店街を抜けた先にあるところに、オフィスであり、また催しなどによってときどき開かれるスペース「本と工房の家」をオープンしました。コロナ禍にあって、思うように進められないこともありますが、それでも少しずつ、さまざまな工夫が重ねられているところ。つねに人と暮らしにまつわるさまざまが集い、おもしろい何かが始まる場所です。
そのエクスプランテの顔と言えるのが、「もんきり」をはじめとするさまざま制作を手掛ける造形作家・下中菜穂さん。私は雑誌の編集者として下中さんと出会いましたが、実は下中さん自身も大変優れた編集者でもあります。
その下中さんが編集者として制作に携わったのが、おとなりの久が原にある「昭和のくらし博物館」にまつわるこの本です。
高野文子と昭和のくらし博物館『いずみさん、とっておいてはどうですか?』(平凡社)
昭和のくらし博物館は、昭和26年建築の木造2階建ての小さなおうちを、中の家財道具ごと保存し、丸ごと公開している博物館です。お茶の間、台所、縁側、書斎、子供部屋など、おばあちゃんの家を訪ねたようにのんびり見学できます。また、“昭和”を掘り下げる企画展、アートを取り上げる特別展、ギャラリー展の他、オリジナルのグッズの制作や本の出版も。昔のくらしを現代に活かすワークショップを開催し、人が集う場所にもなっています。
その昭和のくらし博物館に、あるとき一つの荷物が届きました。その箱の中には、人形やままごと道具、絵日記など……なんとも懐かしく、そして手づくりのぬくもりを感じさせるものたちがたくさん入っていました。
ひょんな縁から、やはりこの池上線に縁のある漫画家・高野文子さんが、昭和のくらし博物館の2階の展示室、通称「こども部屋」で、これらの寄贈品の展示構成を手掛けることになりました。考えてみるとものすごいことですが、2017年に「高野文子の描く 昭和のこども 原画展」という展示を開催したことが縁となりました。
そして、高野さんと博物館のスタッフら「調査員」が、一つ一つのものの記憶をたどり、持ち主の姉妹の物語を読み解いていきます。そして、送られてきた荷物の元を辿って……
ここからは、ぜひ本を読んでみていただければと思います。創作でもなく、エッセイでもなく、ドキュメンタリーでもない。そのあわいにあるなんとも不思議な味わいの作品ですが、読み終えて、ふっと心地よく落ち着いた気持ちになることと思います。
高野文子さんの往年のファンであれば、『黄色い本』を想起させる明るい色のデザインも、よく本の内容になじんでいると思います。
久が原は、池上ブックスタジオのある池上からわずか2駅のところ。周辺の散歩も楽しみながら、ぜひ訪れてみてください。
池上ブックスタジオでは、「もんきり」シリーズをはじめとするエクスプランテさんの本、『いずみさん、とっておいてはどうですか?』、いずれも並べております。
さて、お陰様でご好評をいただきました「池上線開業100周年記念企画 沿線“本”まつり」も、いよいよ明日29日(金)と明後日30日(土)を残すのみとなりました。
……が、多くの方に興味を持っていただけたこともあり、もう1週だけ会期を延長することに致しました!
残り会期、以下のとおりです。
10月29日(金)・30日(土)
11月4日(金)・5日(土)
※各13時〜18時OPEN
コロナの感染状況もやや落ち着いていて、気候もとてもよい時期。各所で秋らしいイベントが多々開催されているところではございますが、よかったらぜひ、池上と沿線の街の散策を楽しんでみてください。
【池上線開業100周年記念企画 沿線“本”まつり/開催概要】
◆会場:池上ブックスタジオ(東京都大田区池上4-11-1第五朝日ビル1F/東急池上線「池上」駅より歩8分)
◆期間:10月1日/7日、8日/14日、15日/21日、22日/28日、29日 +11月4日/5日(金・土)
◆オープン時間:各日13時〜18時
◆イベント内容:
・池上線沿線にまつわる本の販売(主に新刊書籍)
・池上線沿線にまつわる本の展示
・沿線にある書店や出版社の紹介