〜本有引力〜

本と本がつながりますように

企画は五反田から始まった

この度の池上線の「沿線“本”まつり」のアイデアは、ある本を読んでいて、ちょうど五反田駅で池上線に乗り換えた瞬間に降りてきました。

その本は、ノンフィクション作家・星野博美さんの『世界は五反田から始まった』(ゲンロン)です。

タイトルを目にして興味を引かれ、後で読もうと思いながらも手に取らないままになっていたこの本。8月末、週刊誌の書評に取り上げられていたのですが、市井の人と戦争の記憶をたどる記録、夏のうちに読みたい一冊ーーといった紹介文を見て、迷わず仕事帰りに書店で手に入れました。
 
電車に乗ってさっそく読み始めると、自分自身もふだん毎日のように通過し、ときに自分の足で歩いている目黒・五反田・大崎あたりを中心とするエリア(本書では「大五反田」とされる)をめぐる、具体的でその情景が浮かぶような描写に、たちまち引き込まれました。まだまったく冒頭なのにもかかわらず、地縁もあるこの本を、ぜひ池上ブックスタジオで扱いたいと考えさせられるほど。
 
そしてちょうど五反田駅に到着。池上線の車両に乗って再び本を開いた瞬間、電気が走ったように「そうだ、今年は池上線100周年の年じゃないか! それでフェアをすればいいんだ」と思い至ったのです。あまりにベタなタイトルの捩りですが、本当に、「企画は五反田から始まった」のでした。
 
改めて本書の紹介を。
著者の星野博美さんの祖父は、戦争時代のこの五反田地域で、町工場を経営していました。その祖父が残した戦時下の記憶の記録を頼りに、星野さんはこの土地の歴史をたどっていきます。そこから浮かび上がってきたのは、星野さんの家族・一族の歴史であり、いまではその姿を想像するのが難しいかつては工場地域であった五反田エリアの様相とそこで活動していた人々の暮らしの様子でした。
 
一面では、刻苦して生活を切り開く人の力強さや互いに支え合う人々の親密さには心を打たれるけれども、でも細かな関わりを丁寧にたどっていくと、格差や階級問題の根がしっかりとはりめぐらされ、戦争をめぐるつながりは五反田から、遠く満州へ、アジアへ、世界へと広がっていく。
 
そのような時代に、等身大の市民はどう生きたのか。そしていま、そこから私たちは何を知ることができるのかーーそんなことを考えながら、一気に読み終えました。
 
読んでから通り抜ける、歩く「大五反田」が、重層的なものとして見えてくる、そんな読書体験ができる一冊だと思います。
 
現在各地の書店で大好評の本書は、五反田にある出版社であり、「知のプラットフォーム」としてイベントや講座、配信事業など多様な活動を行っている企業・ゲンロンから刊行されています。既存の出版やメディアのあり方とは異なる独自のスタンスで、真摯に知を追求し続けているゲンロン。代表誌「ゲンロン」をはじめ、その出版物にもぜひご注目ください。
 
また、本書のなかでも語られいるように、著者の星野博美さんのホームグラウンドは五反田から2つ先の戸越銀座。残念ながら現在、新刊書籍では入手することができませんが、『戸越銀座でつかまえて』(朝日新聞出版)も「沿線本」としてお読みいただければと思います。
 
次はどの駅・どの町・どんな本でしょうか。
続きもどうぞお楽しみに。
 
【池上線開業100周年記念企画 沿線“本”まつり/開催概要】
◆会場:池上ブックスタジオ(東京都大田区池上4-11-1第五朝日ビル1F/東急池上線「池上」駅より歩8分)
◆期間:10月1日/7日、8日/14日、15日/21日、22日/28日、29日(金・土)
◆オープン時間:各日13時〜18時
◆イベント内容:
・池上線沿線にまつわる本の販売(主に新刊書籍)
・池上線沿線にまつわる本の展示
・沿線にある書店や出版社の紹介