〜本有引力〜

本と本がつながりますように

3年ぶりの、お会式の前に

「お会式」を知っていますか?

他所の土地の方にとってはあまりなじみがないかもしれませんが、池上のまちに暮らす人にとっては、一年で最も大きな行事のひとつと言ってよいと思います。

池上のまちの顔でもある池上本門寺は、日蓮宗大本山。「会式」というのは仏教で各宗派の宗祖などの命日に行われる法要行事を指すそうですが、日蓮上人の命日に池上本門寺で執り行われる会式は、江戸時代より特に盛大な行事が行われ、「お会式」として広く知られるようになりました(なんと、俳句では秋の季語なのだそうです)。

日蓮上人の命日である10月13日を中心に、11日〜13日の3日間、盛大な行事が行われます。特に12日の夕方18時頃から本門寺境内内を練り歩く万灯練行列は、お会式のクライマックスと言ってよいでしょう。また、この期間は本門寺までの参道を中心にたくさんの屋台が通りいっぱいに広がり、信仰の有無にかかわらず、華やかなお祭りの気分を味わうことができます。

残念ながら、新型コロナの問題が起きたため、2020年、2021年とお会式は開催されませんでした。しかしついに今年、3年ぶりにお会式が開催されます。感染対策もあってまだ通常の開催ではなく、(ある意味で、一般の人にとっては最も楽しみな)12日夜の万灯練供養は総門~大堂までの境内地のみと、規模を縮小しての開催ですが、それでもここにまで至ったこと、尽力された方々に感謝したいと思います。

さて、そんなお会式にまつわる本があります。しかも史料的なものやガイドではなく、「小説」なのです。

黒野伸一『お会式の夜に』(廣済堂出版)

“元”会社員の美咲と、小学3年生の尊、それぞれにあまり本意ならぬ事情で、池上の町に移り住むことになった二人。新しい土地での暮らしに戸惑いつつも、少しずつ自分なりの場所を探していきますが、なぜかこの二人同士は不思議な縁ですれ違い、またすれ違いを繰り返します。そして迎えた、お会式の夜に……

本書がユニークなのは、フィクションとして物語を楽しみながら、池上の町の様子や、お会式という行事の実際を、現実の感覚であるように感じられるところにあります。実際に町のなかにあるお寺やくず餅屋さん(くず餅は池上の名物なのです。一説には発祥の地とも)、飲食店などが登場し、また歩いたり走ったりする描写から、地形までもが感覚的に伝わってくるのです。

これは、著者の黒野さんの取材力の賜物でしょう。池上の町の方にお話を聞くと、かなり多くの場所で、丹念に取材を重ねられていたそうです。フィクションの作品ではありますが、ある意味でノンフィクション的なアプローチで手がけられた作品と言えるのかもしれません。

本書を読んで池上を歩く。池上の町を歩いて、また本書を読み直す。すると、現実の風景と物語の風景が重なってきて、町を歩いても、本を読んでも、そこにもう一層の様子が見えてきて、思わず笑みが浮かんできます。

3年ぶりの、今年のお会式は、もう目の前(連休明けには始まります)。ぜひ『お会式の夜に』を、お会式の前に読んでみてください。池上ゆかりの本として、ブックスタジオにてご用意しております。

ちなみに、本書のエピグラフには、中原中也の詩「お会式の夜」の一節が掲げられています。

1932年の夏に、中原中也は現在の北千束のあたりに転居してきたのだそうです。この詩には、この年の10月15日という日付が刻まれています。

鳴り響く太鼓の音を聞きながら、中也の詩を味わうのも一興ですね。

※さらにちなみに、池上線沿線には、池上本門寺のお会式のほかにも、地域ごとにさまざまな「お会式(万灯行事)」が行われています。「街の手帖 池上線」の11号(2014年11月)には、洗足池妙福寺のお会式レポートが載っています。池上ブックスタジオではそのバックナンバーも置いておりますので(閲覧のみ)、ぜひ御覧ください。


【池上線開業100周年記念企画 沿線“本”まつり/開催概要】
◆会場:池上ブックスタジオ(東京都大田区池上4-11-1第五朝日ビル1F/東急池上線「池上」駅より歩8分)
◆期間:10月1日/7日、8日/14日、15日/21日、22日/28日、29日(金・土)
◆オープン時間:各日13時〜18時
◆イベント内容:
・池上線沿線にまつわる本の販売(主に新刊書籍)
・池上線沿線にまつわる本の展示
・沿線にある書店や出版社の紹介