〜本有引力〜

本と本がつながりますように

本で味わう朝ごはん

前回は、7月21日、22日(金・土)に池上ブックスタジオで行われたイベント「ワクワクおいしい 世界のはなし」の紹介をしました。

イベントで取り上げた絵本『あさごはんで世界いっしゅう』(汐文社)のタイトルからの連想で、世界の台所探検家・岡根谷実里さんイラストレーター・スズキトモコさん、翻訳家・星野由美さんの間で行われたトークでは、「朝ごはん」が主なテーマとなりました。

とても美味しそうで楽しい、でも考えさせられるところもたくさんあったお話。話者の方々の印象に残っている朝ごはんのエピソードを聞きながら、自分にはどんな朝ごはんの記憶があるだろうか、とぼんやり考えていました。

一つ、二つと思い浮かべつつ、同時にこのイベントのことをブログで紹介しようと考えていたところ、それならば、併せて「朝ごはんと本」のことを書いてみよう、と思い至ったのです(常に、記事につながる本の話を探しています 笑)

というわけで、今回のテーマは「本のなかの朝ごはん」。本のなかに登場する印象的な朝ごはんや、朝ごはんにまつわる本を少し取り上げたいと思います。

まずいちばんに思い浮かんだのが、トルーマン・カポーティティファニーで朝食を

ギターを爪弾き歌う「ムーン・リバー」のシーンをはじめ、オードリー・ヘプバーン主演の映画がとても印象的ですよね。映画の冒頭では、オードリー演じるホリーが、ティファニーの店舗のショーウィンドウを見ながらクロワッサンとコーヒーの朝食をとるシーンが出てきます。

でも、実際に宝飾店ティファニーで朝食が提供されているわけではなく、タイトルの“Breakfast at Tiffany’s”は、ホリーが述べた「ティファニーで朝食を食べられるくらいの身分」という例えです。先ほど挙げたクロワッサンとコーヒーの朝食というシーンも、カポーティの原作には描かれていないのだそうです(かつて自宅に、『冷血』と一緒に新潮文庫が並んでいた記憶があるのですが、おそらく読んでいなかったのだと思います 笑)

同じ新潮文庫で、現在は村上春樹さん訳のものが刊行されていますね。この機会に改めて読んでみてはいかがでしょうか?

本の話と言いながら、いきなり映画の話になってしまいましたが、映画、あるいはドラマなどの映像作品のほうがパッとイメージしやすいところがあるのかもしれません。

スタジオ・ジブリの映画に登場する朝食といえば、何と言っても『天空の城ラピュタ』。パズーが手際よくフライパンを操り、そして急な事態にサッとカバンに詰め込んで、地下坑道でシータと一緒に食べたベーコンエッグトースト。パズーがずるりと一口で目玉焼きを食べてしまう様子がおもしろいですね。

同じくジブリの作品で、『コクリコ坂から』では主人公・メル(松崎海)が毎日下宿の朝ごはんを作っています。こちらでも手際よく目玉焼きが作られていき、みんなの前に供されます。国や文化によって朝ごはんのスタイルはさまざまで、日本のなかでもごはん食/パン食で分かれることが多いかと思いますが、卵はいずれにも定番のおかずですね。鮮やかな黄色は、見た目にも元気をもらえそうです。

ほかにも、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の朝食を作るマシーン(笑)があったり、NHKの朝の連続テレビ小説をはじめとして、日本のドラマでは家族で朝食を囲むシーンがとても多く出てくるなど、探せば探すだけ、浮かんでくると思います。

でも、「本のなかの朝ごはん」と考えてみると、意外なことにそこまでスムーズには浮かんできませんでした。お昼ごはん(村上春樹作品で主人公が茹でるパスタとか)やお弁当(昔話や絵本には定番ですね)、夕ごはん(夕食を食べながら親との会話でモゴモゴする青春モノは多々ありますし、贅沢なディナーからバーでお酒を楽しむ洒落たシーンまで、こちらも枚挙にいとまがないかと)は、たぶん本のページをめくればすぐに印象的なものが見つかると思います。

私の読み方が表層的で記憶に留められていない、というのも大きな要因でしょう。でも、もしかすると(特に日本では)朝ごはんが他の食事以上に「ベーシック」な存在だから、ということもあるのでは?などと考えたり。

 雑誌『サライ』で著名人が自分の朝の定番メニューを紹介している「朝めし自慢」のコーナーが大好きだ。『サライ』を買う時はもちろん、立ち読みで済ます時さえも、あのページだけは欠かさずに読む。(中略)
 これが「我が家の夕食」というコーナーだったら、メニューや人によっては読まずにスルーしていると思う。夕食は好みが分かれるし、食べる時間も場所も人によってまちまちだと思うから。
 朝ご飯は食事のなかでも最もファンダメンタルで、大事な食事。

 

山崎まどか「朝ごはん日和」(『おいしい文藝 ぱっちり、朝ごはん』河出文庫

ここにあるように、最も基本的で、最も安定しているから。そしてただおなかを満たすためだけでなく、一日の活力を準備する大事なものだからということもあって、多様さや彩りという観点では描かれにくいのかも……などと考えたのです。そこから逆に、夕食の多様さが、その場面が描写されやすいのではないか、とも。

それこそ朝の連続テレビ小説では、戦前の日本を舞台に、女性の主人公が朝早くに起きて一生懸命朝ごはんの準備をするというシーンが幾度も描かれてきましたが、それは決して楽しい経験としてばかりではなかったと思いますし、いざ食べるとなると、朝ごはんの後には一日の活動が待っているから、夕食に比べてのんびりした感じは少ない。表現の対象としては、もしかするとちょっと寂しいのかもしれません。

※ただ、上述のように、これは私の読書世界がただ狭いだけである可能性も大いにあります。もし、美味しそうな朝ごはんの場面を描いた本・物語をご存知でしたら、ぜひ教えてください!

とはいえ、「朝ごはんはシンプルで簡素なもの」ということでは決してなく、誰にとっても豊かな朝ごはんの記憶や思い入れはあるものです。それは、物語作品よりも、エッセイを読むとじっくりたっぷり味わえるかもしません。

先ほど引用をした『おいしい文藝 ぱっちり、朝ごはん』(河出文庫)は、古今の作家・文筆家の方々が朝ごはんについて綴った文章を集めたアンソロジー。とにかく美味しそうな文章ばかり(でもそのなかに、「だから私は◯◯が好きじゃない」という話などもあっておもしろいのです)。どれも印象的なのですが、久住昌之さんのアジの干物のお話は、本当に美味しそう。そして解説で荻窪本屋Titleの店主・辻山良雄さんが述べられているように、「納豆」について書いている人が多かった、と私も感じました。

また、朝ごはんについてのエッセイといって思い浮かんだのは、ロシア語の通訳者で名エッセイスト・米原万里さんの『旅行者の朝食』(文春文庫)

内容は朝ごはんだけに限らず、ロシアと関わることを中心に、「食」にまつわる幅広い、そして実に楽しいお話が詰まっています。タイトルに冠された「旅行者の朝食」という言葉。常にジョークとともにあるロシア(旧ソ連)の人は、それを耳にするだけで大爆笑で、通訳をする米原さんははじめその意味がわからず困惑するのですが……ロシアにおける「旅行者の朝食」とはいったい何なのか、ぜひ本を読んで確かめてみてください。

朝ごはんについての本、といえば、向笠千恵子さんの『日本の朝ごはん』(新潮文庫)も名著ですね。目に楽しく、多彩で深い朝ごはんを巡るお話の綴られた一冊。ちょっと奥のほうにしまい込んでしまってすぐに読み直せないのがちょっと悔やまれます。

単著でもアンソロジーでも、「朝ごはんにまつわる本」はほかにもたくさん見つかりそう。旅との相性もよさそうで、旅先でパラパラめくりたくなりますね。

そんなことを考えつつも、確か、朝ごはんの描写が出てくる好きな作品があったはず……と記憶を手繰っていたら、ようやく思い出しました。

瀬尾まいこ『そして、バトンは渡された』(文春文庫)

 何を作ろうか。気持ちのいいからりとした秋の朝。早くから意気込んで台所へ向かったものの、献立が浮かばない。
 人生の一大事を控えているんだから、ここはかつ丼かな。いや、勝負をするわけでもないのにおかしいか。じゃあ、案外体力がいるだろうから、スタミナをつけるために餃子。だめだ。大事な日ににんにくのにおいを漂わせるわけにはいかない。オムライスにして卵の上にケチャップでメッセージを書くのはどうだろう。また優子ちゃんに不気味がられるのがおちかな。ドリアに炊き込みご飯にハンバーグ。この八年で、驚異的に増えた得意料理を頭に並べてみる。何を出しても優子ちゃんは、「朝から重すぎるよ」と言いながらも残さず食べてくれるだろう。でも、きっと、今日は話が尽きない。冷めてもおいしくて、簡単に食べられるものがいい。
 「卵料理はみんないろいろ作ってくれたけど、森宮さんのオムレツは固まり具合がちょうどよくて一番おいしい」
 いつか優子ちゃんはそう言っていたっけ。そうだ。ふわふわのオムレツを挟んだサンドイッチにしよう。そう決めると、バターと牛乳、そして、たくさんの卵を冷蔵庫から取り出した。

これが物語の冒頭です。朝ごはんだというのに、なんというボリューム、でもなんと美味しそうなのでしょう。物語を読み進むにつれて、それぞれのメニューが登場し、ふむふむ、となります。そして、物語の結末を知って改めてこの冒頭を読むと、しみじみ胸が温かくなります。それはぜひ、みなさんご自身で読んでみてください。

朝ごはん、やっぱりいいものですね。
今朝は、何を食べましたか?