卒業の季節
早いものでもう3月。卒業の季節ですね。
私も、長らく続けてきたとある企画から、いったん離れることになりました。
編集に携わっている「きょうの健康」は、NHK・Eテレの番組テキストで、さまざまな病気について、その症状や現在の標準的な治療法など、一般の方向けの医療・健康情報を紹介しています。
番組関連のページが主体ですが、雑誌なので連載もいろいろ。そのなかで、いわゆる一般的な医療情報とはできるだけ異なる角度から、広く医療・健康というテーマについて考えることのできる本を毎月1冊紹介する、「“健康”の本棚」という連載記事を手掛けてきました。
(noteの時代にも、この連載について記したことがありました)
https://note.com/jj_coba/n/n3c434dac732f
2014年4月号からスタートしてまる7年。ときどき代打をお願いすることもありつつ、80冊弱の本を紹介してきたことになります。「一般的な医療情報とは違った角度から」などと言ったものの、要は自分の読みたい本を読み、興味深いと感じた本をどんどん取り上げてきたわけです(笑)。ただ、「医療・健康×◯◯」というテーマ設定の幅広さ、また全体としてはやはり科学ノンフィクションが多めではあるものの、小説、漫画、絵本、写真集など本のジャンルについても多岐にわたっており、ユニークな選書リストができたのではないかと思います。
そんなわけで、個人的にはどの本にも思い入れはありますが、ちょうど最後に選んだ2冊のことを少しだけ。
2021年2月号では、瀬尾まいこさんの『夜明けのすべて』(水鈴社)、そして現在発売されている3月号では『病と障害と、傍らにあった本。』(里山社)という本を取り上げました。
『夜明けのすべて』は、PMS(月経前症候群)とパニック障害という、周りからは見えにくく、その苦しさが理解されにくい病気を抱える二人の若者が主人公の小説です。二人とも、それぞれの病気のために人との距離を取らざるを得なくなり、ほかの人が普通に暮らす社会生活から取りこぼされてしまっています。そんな二人が偶然、同じ職場で働くことに。やがてそれぞれ相手の抱える困難に気づいた二人は、「自分の病気は治せなくても、病気で困っている相手のことはサポートできるかもしれない」とお互いに考えるようになり、二人のちょっと不思議な支え合いが始まります。
病気によるつらい経験があるから、同じように苦しんでいる相手のことが理解できるーー果たしてそんなふうに、「わかる」ものなのだろうか。この作品の主人公の一人も、少しそういう方向に傾くことがあります。でも、相手の苦しさが「わかる」からではなく、病による苦しさは自分自身でも理解しきれないという「わからなさ」を知っているから、相手のことを支えることができるのではないかーー読み進めるうちに、そんなふうに感じられてきます。
病気によって健康が損なわれると、そこにはさまざまな苦しさが生じます。そして、病気の経験は基本的に自分ひとりの孤独な経験であって、なかなか理解や共感をしてもらいにくいものだということは、自分がちょっとしんどい風邪をひいたりして寝込んだときの状況を考えれば、すぐに想像できると思います。
特に、その病がまれなものであったり、外からはわかりにくいものであればなおさらでしょう。医療情報を伝えることに携わっていると、そのようなふだんの生活ではなかなか気づかない、見えにくい病気の困難について、ぜひ多くの人に知ってもらいたいと考えるようになる人が多いのではないかと思います。この本の紹介記事の枠も、その点で少しでも役に立てばという思いで企画した側面もあります。
しかし、なんとなくぼんやり抱いていた「伝えたい、知ってほしい」という素朴な思いは、この連載枠を通して多様な本に触れ、また他のページの取材や、業務を超えてより多くの医療の問題に触れるなかで、少しずつ変化していったように感じています(まだ現在進行形で変わっていっているのでしょう)。たぶんそれは、そんなに簡単には「わかる」に至れないこと、「わからなさ」でさえも実感としてはまだほとんどわかっていないということを、徐々に感じ取ってきたからかもしれません。
先にも述べたように、病気の経験は極めて個人的な、非常に孤独な経験です。同じ名前の病気であっても、一人一人でその経験はまったく異なります。同じ風邪であっても、あなたの風邪と私の風邪では症状も経過もまったく違っているし、私一人のなかの風邪をとりあげても、二度同じ病気を経ることはないわけです。
病気の苦しみの大きさや程度も、そのベクトルはあまりに多様で、わかる・伝わる言葉できれいに整理することはたぶんできないのでしょう。だから、いまは「わかる」ためよりも、「わからなさ」があるということを感じてもらえるような情報を、少しでも届けていけたらいいなと考えています。いちばんには、自分自身がそのことをもっともっと実感できるように。
そのような観点で選んだのが、3月号で紹介した『病と障害と、傍らにあった本。』です。自分のなかに通底する意識としては、『夜明けのすべて』とかなり近いところにある本で、これまでであれば、取り上げる本のバラエティを豊かにするために、おそらく連続では並べなかったと思います。でも何しろもう後がないので(笑)、出し惜しみせずに取り上げることにしました。
病や障害によって大きな苦しみや絶望に襲われたとき、「本を読む」という営みを普通に行うのは、相当に厳しいことのようです。シンプルに「本が、苦しみの中にある心を救ってくれた」となればわかりやすいのですが、再び自分の病気のときを考えてみればわかるように、ただの風邪のときでさえとても苦しい。いわんや心身ともに絶望的な苦しみに苛まれているときに、本の言葉が受け止められるものでしょうか。
ただ、そんな病の苦しみと向き合うなかで、本と、言葉と、再び出会うことができるケースも確かにあるのです。その出会い方、本や言葉との関係の築き直し方もまた、それぞれの人によってまったく異なる経験となっています。だから、やっぱり「わかる」には至らない。でも、そこから「わからなさ」の実例を感じることで、「わからなさ」にはほんの少し近づけるような気がするのです。
ぜひご自分のペースで、ゆっくりと読み込んでほしい1冊です。
これにて、この連載は私の手を離れて、4月号からは編集部の若い人たちに託すことになりました。新鮮な個性的な視点で、ぜひユニークな本を紹介していってほしいと思っています。どんな本がリストに続いていくのか、一読者として私自身がとても楽しみにしています。
とはいえ、ずっとこうして医療・健康にまつわる本を探してきたので、その習慣はそう簡単には抜けない気がしており、書店やネットで、つい幅広い医療・健康にまつわる本を探し続けてしまうと思います。魅力的な本はまだまだたくさんありますし、「わからなさ」を教えてくれる本にも、またきっと出会えることでしょう。
考えてみれば、1号につき1冊だけの紹介ということで、テーマやジャンルのバランスを取ったり、おもしろいけれどこの雑誌で取り上げるにはやや不向きかもしれないということで、掲載には至らなかった本もたくさんありました。こうして自分で自由に書ける場所があるわけですから、誰に頼まれるでもなく、気が向いたらここで書けばいいのですよね。もっとも、毎号毎号、締め切りギリギリまでなかなか書き出せないでいた私が、迫られるものもなく何かを書けるのかというと甚だ疑問ではありますが……(笑)
もし今後、ここで医療・健康にまつわるユニークな本の紹介が載ることがあれば、ご笑覧いただけますと幸いです。(書き溜めておけば、連載のほうのバックアップ役も務められるかもしれませんね)