〜本有引力〜

本と本がつながりますように

『クラバート』から飛ぶ 魔法・異界・幻想

毎日が夏休み……なわけでは決してないのですが、池上ブックスタジオのさるうさぎブックス棚では、夏休み企画「『10代のための読書地図』フェア」をややズルズルと継続中です。

8月お盆のお店番の際、ブックスタジオにもよく遊びに来てくれる小学校高学年の子どもたちと話すことをイメージし、ブックスタジオの棚主仲間の協力を得て、「夏休みの読書地図 10歳からのあなたに贈るブックリスト」というミニ冊子を作りました。

そのなかで、私自身も強く候補として考えていて、ほかに2名の棚主からもおすすめとして挙げてもらった本がありました。

オトフリート・プロイスラー『クラバート』(中村浩三訳、偕成社)

子どもの本が好きな方であれば、プロイスラーと聞いてピンと来る方もいらっしゃるかもしれません。そう、『大どろぼうホッツェンプロッツ』シリーズの作者です。

『ホッツェンプロッツ』をはじめ、『小さい魔女』『小さいおばけ』など、ドイツ周辺にまつわる歴史や伝承をうまく取り入れつつ、その愉快なストーリーで子どもたちを物語の楽しい世界に導いた、児童文学の巨匠の一人です。

そのプロイスラーが、東ドイツポーランドチェコとの国境周辺、ラウジッツ地方の伝説を素地として描いた物語が、この『クラバート』です。

友人たちと浮浪生活を送っていた少年クラバートは、奇妙な夢に導かれて森の奥の水車場に辿り着き、謎の「親方」の下、見習いとして魔法修行の生活に入る……

全編を貫く、東欧の暗い森の雰囲気、現実社会にいまなお影響を及ぼす魔法の伝承、「魔法使いの弟子」という伝統的なモチーフ、等々、いわゆるファンタジー、魔法物語や幻想文学の好きな者にとって、たまらなくゾクゾクする要素に溢れた物語なのです。そして、ただその異界的な雰囲気が魅力的であるのにとどまらず、近世末の東欧世界の現実や、青年期の人の成長過程など、決して甘くはない現実のほろ苦さ、それも含めての人の生の豊かさを感じさせてくれる物語の懐の深さが、多くの人を魅了するのだと思います。

スタジオジブリ宮崎駿監督も、『クラバート』に多大な影響を受けていて、『千と千尋の神隠し』のモチーフになっていることは(一部では?)有名な話です。また、こちらはあくまで私見ですが、『ハウルの動く城』での鳥への変身姿にも、どこかでクラバートへのオマージュがあるように感じます。

私自身が『クラバート』を知り、興味を持ったのは、ヨーロッパの民間伝承について関心を持ち、その流れでドイツをはじめとするヨーロッパ各地を2ヶ月ほど旅しようと思った頃でした。古くからの伝承と今この時代の創作との接点に注目していた私にとって、『クラバート』は非常に心惹かれるものでした。

では、そもそも私がなぜ『クラバート』に惹かれたのか。ごく簡単にいえば、いわゆる「ファンタジー」に、小さい頃から魅了されていたのです。それも、本によってですね。歳の近い姉の影響もあって同じような本に親しんだことから、割と早い時期から妖精や魔法の出てくる物語を好んで読むようになりました。不可思議な魔法使いや妖精などが活躍する異世界。それについて考えることが楽しくて、結果的にそのまま大学、大学院でもそのようなテーマについて考えて続けることに。

特に興味深いのは、古から伝わる不可思議な存在たちのその造形。物語で描かれる姿、そして遺跡や文書などによって遺されてきた数々の異形の者たち。どうしたらこんなユニークなものを思い描けるのだろうか。現代の芸術家には現代ならではの想像力があると思いつつ、古の人々のこの想像力は、現代の私たちにはない唯一無二のものだなぁと、いつも感嘆の念をもって眺めてきました。

ということで、『クラバート』からの連想で、私が愛して止まない古の人々のImaginationをかたちにした本を、わずかですが先週のお店番の際に並べてみました。

まずは妖精にまつわる本。

日本における妖精研究の第一人者といえば、井村君江先生。この『妖精とその仲間たち』は、いったい何度読んだかわからないくらい、たくさん読み込みました。ビジュアルだけでも楽しい一冊、ぜひおすすめしたいです。

妖精伝承についてじっくりと知識を深めたい場合は、『ケルト妖精学』を。

シシリー・メアリー・バーカーの描く妖精の絵はほんとうに愛らしく美しい。

妖精といえばケルトアイルランドに伝わる不思議な物語を編んだのが『夜ふけに読みたい 数奇なアイルランドのおとぎ話』アイルランドに伝わる伝承の興味深いところは、単に可笑しかったり愉快だったりするのではなく、仄暗い情念のようなものが感じられるところ。一見フラットな、明るい物語のようなのに、さりげなく狂気が感じられるところに、不思議な魅力があります。

そのあたりが気になる方は、ピーター・トレメイン『アイルランド幻想』などもおすすめです。

ケルトの妖精もいいけれど、私たちが住う日本にも、興味深い異界伝承がたくさんあります。

そんな奇妙な世界を私たちに最もよく伝えてくれた人といえば、やはり水木しげる先生をおいて他にはいないでしょう。子どもから大人まで、これからも大事に読み継いでいきたいですね。

『水木しげる 妖怪大百科』

『あの世の事典』

(そういえば、井村君江先生には三度ほどお目にかかったことがあるのですが、最後にお会いしたのは水木しげるさん追悼のシンポジウムの場でした)

書店ではなかなか目にすることのできない本として、宮崎・高千穂に伝わる夜神楽の本も持っていきました。取材で訪れた際に手に入れたものです。11月〜2月の農閑期、高千穂では各集落で夜を通して神楽を舞う伝統があります(現在は、高千穂神社で主だった部分だけを観ることもできます)。天照大神、須佐男命、天鈿女命、天之手力男神などが登場する天岩戸神話。非常な迫力で(そして時にちょっと滑稽で、卑猥に)演じられる神々の物語。やはりその想像する力に惚れ惚れとさせられます。

近現代の人の想像力も、決して古から伝わるものと無縁ではありません。長く伝承されてきたモチーフを巧みに取り入れることで、そこからさらに豊かな想像の翼が広がる……こういう本を読んでいると、本当に飽きることがありません。

ホルヘ・ルイス・ボルヘス『幻獣辞典』(柳瀬尚紀訳)

レメディオス・バロ『夢魔のレシピ』

たまたま本棚からすぐに見つけることができず、持っていくことができませんでしたが、これらの本がお好きな方には、アンソニー・S. マーカタンテ『空想動物園』もおすすめです。

さて、『クラバート』から想像を広げて、あれこれ本を取り上げてきましたが、わざわざ『クラバート』を話題にしたのには理由があります。

8月にこのミニ冊子をつくった際に、『クラバート』を挙げてくれた棚主さんたちと話すなかで、「せっかくだったら読書会をしたいですね」という話が出ました。ついそのままにしてしまったまま、気づけばもう10月も半ば。実際にいつできるかはまだわかりませんが、忘れずに企画しようという自分へのメモとして、先週の展示(とこの雑文)を企画したのでした。

あまり規模を広げることは難しいかと思いますが、『クラバート』の読書会、ぜひ参加したい、という方がいらっしゃいましたら、一度ご連絡をいただければ幸いです。

秋も深まってきて、読書によい季節。みなさまもそれぞれに、よき想像の旅をお楽しみください。

※『クラバート』には、カレル・ゼマンによる切り絵アニメーションの映画があります。私もこの度ようやく鑑賞しましたが、原作の世界観を見事に再現した素晴らしい作品でした。こちらもぜひ併せてご覧ください。