〜本有引力〜

本と本がつながりますように

小泉佳春「Before」展@森岡書店銀座店

掲題の展示に行ってきました。

小泉佳春さんは、女性誌やライフスタイル系の雑誌を中心に活躍された写真家です。2000年代中頃、雑誌や書籍でハッとする写真を見つけると、小泉さん撮影のものだった、ということが多々ありました(今回の展示案内で、森岡さんもそう述べられていますね)。

多方面で活躍されていましたが、病のために2011年に早逝されました。

仕事を通じて少しではあるけれど縁があり、また個人的にその写真が大好きだった私にとって、非常に悲しい出来事でした。

当時、他所に下記のようなことを書いていました。
(元にしつつ本記事になじませようかと思いましたが、読み直してみて当時の感覚のままのほうがよいと思い、体裁等を少し調整するのみにしました)

小泉佳春さんのこと

2007年度のキルトの連載記事で、小泉佳春さんに撮影をお願いした。既に超売れっ子のカメラマンで、紹介してくれた先輩からも「3~4か月は予定が埋まっているはず」と聞き、ビビりながら最初の連絡をしたことを覚えている。最初の電話から結構きっちり仕事の内容や期間を詳しく確認されとっても緊張したのが最初の印象だった。

古いマンションの1室に自ら手を入れて作り上げたスタジオは、随所に小泉さんのモノへのこだわりが感じられる素敵な空間だった。12回の季節の作品撮影では、小泉さんが自ら塗って仕上げたなんともよい風合いの天板が大活躍した。机や椅子、照明など、どれをとっても味わいのあるものばかりで、打ち合わせと撮影の際、スタジオに行くのがとても楽しかった。毎度供される、淹れたての美味しいエスプレッソが懐かしい。

仕事に対しては厳しい人だった。曖昧な説明にはビシッと追及の質問が入り、こちらも常に仕上がりのコンセプトを改めて意識させられた。誌面になるときのトリミングや色についても、責了まで、あるいは本が出来上がってからも細かい確認をされるので、編集者としてもいつも緊張しながら臨んでいた。無論、いい意味での緊張。

仕事の質については厳密だけれど人柄は実に親しみやすく、話好きで好奇心が旺盛な人で仕事の場はいつも楽しくて、こちらの意識もとても刺激された。(仕事もあるのだろうけれど)美味しいモノが大好きで、旅が好きで楽しい情報の豊富なスタイリストIさんとの組み合わせもあり、撮影現場では毎回とにかくいろいろな方向に話題が展開し、盛り上がった。

売れっ子だからこそのことだったのだろうけれど意外に?スケジュール管理に抜けがあって、わずか1年間の仕事にもかかわらず、ダブルブッキングのために直前に「ごめんなさい、時間をずらしてもらえますか?」という連絡を受けたことが多々有った。そんなところも、なんとも愛すべき人だった。

12ヶ月、24枚のピースをつなぎ合わせた大作の撮影は今でも忘れられない。作品イメージに合う撮影場所をギリギリまで探して辿り着いたのは、江戸東京たてもの園内の前川國男邸。12月の朝一番に現場入り、寒さを防ぐために梱包材で作ったオーバーシューズを皆で履き、朝の弱い光のなか、シャッタースピードが稼げない状況で2メートル近い高さのキルトを棒に通して吊るし、両端を支えながら息を殺してなんとか静止、撮影をこなした。あっという間の、でも非常に楽しく濃密な、最後の撮影。

思えば、直接お会いしたのもそれが最後になってしまった。

連載が終わり、翌年(2008)末の単行本化に向けて動き出した頃。撮影のための最初の打ち合わせがもう決まっていて、まもなくその日を迎えるはずだった。

ちょっと驚くくらい朝早い時刻に、携帯電話が鳴った。またいつものダブルブッキングかな、と思ったところ「申し訳ありません、これからしばらく長く治療をすることになるので」という思わぬ連絡だった。

詳細がわからぬまま、僕の企画は年末に単行本となり、小泉さんが担当されていた女性誌の連載ページのクレジットがほかの人に代わっていくのを見ながら、快復を祈っていた。

翌年(2009)の前半だったろうか、小泉さんご自身から現場復帰の連絡があり、夏には自分が異動になって、「完成できなかった仕事もあるのでまたいつか、新しい本を作りましょう」という言葉を添えて連載時のアザーポジを返却し、小泉さんからもお返事をいただいた。

昨年(2010)5月には、森岡書店での個展の案内をいただき、残念ながら在廊中に訪ねることはできなかったけれど、後日、小泉さんから御礼のメールをいただいた。雑誌、書籍でもまたお名前を拝見するようになっていたので僕はてっきり、もうすっかり全快され、バリバリ活躍されているものだと思っていた。

未だに信じられないし、信じたくない。

お子さんが駒場の保育園に通っていらして、駒場で学生生活を送っていた僕と、やはり近辺に住んでいるIさんとは駒場にまつわる話をたくさんしたものだった。新宿のヨドバシカメラにて、オフの小泉さんが奥さんと一緒に、双子のお嬢さんのベビーカーを押しているところに出会った、なんてこともあった。いつもお話を伺うほどに、お子さんのことをとても愛していることが伝わってきた。

愛するご家族、特にまだ小さなお嬢さんたちをのこされていくことが、どれほど辛かったろうか。そのことを思うだけで、やりきれなさで頭が痛くなる。

今日、お別れの会に参加してきた。

僕などほんの短い付き合いだが、それでもこれだけ惹かれている。より縁の深いほかの方々にとってはどれほどの悲しみだろう。あれだけの大勢の参列者は、小泉さんの人柄の鏡なのだろう。

ここまでに書くのをすっかり忘れていたけれど、小泉さんの写真は本当に美しかった。

なんでもない、ごくありふれたモノであっても、実に素敵なモノとして写し取るのだ。そのモノが存在する空気を、温かく柔らかくすくい取るのだ。

一緒に仕事を完成させられなかったこともとにかく悲しいけれど、一人のファンとして、小泉さんの新しい写真が見られないことが悲しい。

今度、また尾花に鰻を食べに行こう。いつか、奈良の秋篠の森に泊まりに行こう。

小泉さんのことを思って。

〈2011年8月14日記〉

このなかにもあるように、2010年、森岡書店さんがまだ茅場町にお店を構えていた頃、小泉さんの写真の展示がありました。

今回の森岡書店銀座店での展示は、そのときの写真――小泉さんが独立からしばらく後の頃に、アメリカ西部を車で移動しながら撮影した写真――を、新しく装丁し直した冊子の展示販売を行うためのものです。

ほんのわずかに端に暖色がにじむ薄明の空の水色と、画面のどこかに捉えられた水色・青。アリゾナネバダなど乾いた大地のロードサイドの風景だけれど、なぜか少ししっとりとした感じのある青色が、やっぱり美しい。

(一つだけ苦言を呈すると、一部の写真の額装部分に歪みなどが見られました。写真も空間もとてもよいものだけに、ちょっと残念……)

会期は今週末20日までと、あまり長い期間はありませんが、もしよろしければ、小泉さんの写真をぜひ直に見てみてください。

小泉佳春「Before」展
会場:森岡書店銀座店(東京都中央区銀座一丁目28-15 鈴木ビル1F)
会期:2023年8月15日(火)~20日(日)
時間:13:00-19:00(最終日は18:00まで)


わずかですが、私の手元にも、小泉さんの美しい写真が載った本があります。

『美しいもの』『美しいこと』
赤木明登/小泉佳春(写真)、新潮社

いずれも雑誌「住む。」の連載から生まれた本で、輪島塗の塗師赤木明登さんが、さまざまな分野の「ものをつくる」人を訪ね、対話を重ねて考えた「美しいもの・こと」について綴ったエッセイ集です。

表紙や背に、赤木さんの名前と並んで「写真/小泉佳春」と記されているように、赤木さんの文章だけでなく、小泉さんの写真もまた、本書の大きな柱となっています。もの・人・場・風景と、被写体はさまざまですが、どの写真にも共通する一本の筋のようなものが感じられます。

時間が止まったように静止しているのだけれど、ほんのりやわらかくあたたかい、人の手の名残のような雰囲気が伝わってくる――

昨日、本棚から取り出して読み直してみて、つくづく美しいなぁ……と惚れ惚れしました。

いずれも10年以上前に刊行された本でもあり、書店店頭で見つけるのは決して簡単ではないかと思いますが(それでも、大きな書店の在庫を見ると今も在庫があるようです)、よかったらぜひ、お手にとってみてください。

本で味わう朝ごはん・余録

前回「本のなかの朝ごはん」をテーマに、本の話、映画の話などを取り上げました。

その記事を書きながら、いや、遡ればもともとその発端となった世界の旅と朝ごはんのトークを聞きながら、私自身の「旅の朝ごはん」の記憶を思い返していました。そこで今回は、ちょっと本の話から逸脱して、個人的な思い出話となりますが、印象に残る旅の朝ごはんのお話です。

大学4年生のとき、友人に誘われてスペインを3週間回ったことがきっかけで、旅の面白さを知りました。大学院時代はヨーロッパをちょっと長めに周遊、就職してからは短期間で訪れやすいアジアの国々に1週間前後滞在するような旅をしていました。

大学院生の頃、ドイツ、オランダ、ベルギー、フランス、そして足を伸ばしてチェコプラハ)を2ヶ月ほどかけて訪れた西欧の旅では、どの町でも概ねドミトリー(相部屋)での滞在で、朝食は食堂に用意された食事を自由にとるスタイルでした。パン、ハムとチーズがそれぞれ何種類かあって、サラダとフルーツ、そしてシリアルにヨーグルトなどがあるのが基本。パンはドイツのものが圧倒的に美味しくて、オランダではチーズが絶妙でした。フランス(パリ)の宿は結構値段が高かったのに、コーヒーとパンだけでちょっと残念な気がしましたが、流石にパンの味は素晴らしかったです。

仕事を始めてから訪れるようになったアジアの国々でも、それぞれ特色ある食文化を楽しんできました。

岡根谷実里さんが、ベトナムの朝ごはんを例に東南アジアでは外で食べる麺料理が多く見られるという話をしていましたが、私が訪れたカンボジアでもやはりフォーのような米粉の麺を露天の食堂でいただきました。レモングラスなどのハーブがテーブルにどんと置かれていて、そこから好みでトッピングをしていただくのがおもしろかった。

バナナの葉に包まれたちまきのような蒸し料理もあって、なんだか日本のお蕎麦・うどん屋さんにあるお稲荷さんみたいだな、と思ったことを覚えています。

スペインのボカディージョ(サンドイッチ)、チュロスとチョコラテ・カリエンテ(ホットショコラ)、トルコのスィミット(ゴマのついたパン)、ウズベキスタンのノン(巨大なパン)、ダブリンで食べたアイリッシュ・ブレックファースト(卵、ベーコン、ソーセージなどのボリュームたっぷりのワンプレート)、台北の鹹豆漿(シェンドゥジャン:塩味の豆乳スープ)と油条(ヨウティアオ:揚げパン、鹹豆漿に入れていただく)……

一つ一つの朝食にそれぞれ思い出がありますが、そのなかでも特に印象に残っているのは、ネパールでいただいた、なんとものんびりした朝食のことです。

もう20年近く前ですが、首都カトマンズから東へ35㎞ほど、エベレストを含むヒマラヤ山脈の素晴らしい眺望が得られるというナガルコットという村を訪れました。

夕方に到着したときは曇りで、夕食を終えて寝入った夜半には豪雨、そして朝は濃い霧が出てしまい、ヒマラヤから昇る朝日を拝むことはできなかったのです。残念ではありましたが、それもまた旅らしいエピソード。気持ちを切り替えて、朝ごはんのお店を探しに出ました。

ネパールでは、一般的に一日に2食、11時頃と19時頃に食事をとるようです(その間に間食があって、街角で売っている揚げたてのサモサや揚げパンなどをいただきました)。

ヒマラヤの絶景と朝日は見られなかったものの、村の道をのんびり散策しながら、日本的にいえば遅い朝食を食べようと食堂を探していたところ、食事の看板を出しているお店が見つかりました。明るい雰囲気で、メニューは2種類のみとシンプルでわかりやすい。同じ宿に泊まっていた日本人と一緒にそこに入ってみることにしました。

メニューは次の2種類。

①本日のスープ+プリ
ダルバート

「プリ」というのはインドやネパールなどでよく食べられている揚げパンのこと。そして「ダルバート」はネパールにおける定番ごはんで、いわば“定食”と言えるもの。ダル(豆のスープ)とバート(ごはん)を軸に、タルカリ(いわゆる「おかず」で、じゃがいもやカリフラワーなどのカレー炒めなど)とサグ(青菜の炒め物)、そしてアチャール(漬物)がつきます。

同行者は①を、私は②をオーダーしたところ、お店の人が「①はすぐ用意できるが、②はちょっと時間がかかるけれども大丈夫?」と確認してきました。同行者も私も、特に慌てる予定もない気ままな旅人。別に問題ないよ、と伝えて料理が出てくるのを待つことにしました。

しばらくすると、同行者が頼んだスープとプリが出てきました。このスープも「ダル」ですね。すぐ出てくるということは、スープはたっぷりつくってあるのでしょう。その点は日本のランチメニューなどと同じようです。

ダルバートはどんな感じかな、と楽しみにしつつ、ほかにお客さんもいないのでちょっと厨房を覗いてみると……なんと、唐辛子や青菜など、野菜や香辛料を仕込むところから始めているではないですか! なるほど、①と②のメニューにかかる時間の差は、ここにあったのですね。

ちょっと同行者には申し訳ないな、と思いつつ、家族で協力しながら料理をつくっていく様子はなんとも素敵な光景でした。ただ、だいぶん凝った料理だったのでしょうか、結局1時間以上もかかったのですが……

すっかり日も高くなってようやく供された、銀色の大きなお皿に盛りつけられたダルバート。ネパールに滞在している間に3、4回は食べましたが、やはりこのときの出来立てのダルバートにかなうものはありませんでした。日本とは違うのんびりした時間間隔のなかでつくられた、作り手の顔が見える出来立ての朝ごはん。明るい光が差すキッチンの雰囲気は、いまでもよく覚えています。……ただ、不思議なことに、そのダルバートの写真は撮っていませんでした。これは本当に悔やまれます。

個人的な思い出をただ披露するだけでは、このブログの趣旨から完全に離れてしまうので、同じくネパールで触れた味について印象的な記述のある本を紹介したいと思います。

公文健太郎『ゴマの洋品店』(偕成社)

農業をはじめとする、日本のさまざまな失われゆく景色と人を撮る(そして、雑誌や広告の分野でも大活躍中の)写真家・公文健太郎さん(友人であり、仕事仲間でもあります)。その彼が最初に撮っていたのは、高校生の頃から訪れるようになったネパールの農村の人々でした。農村から街へ嫁いだ少女・ゴマを軸に、出会った人びとのエピソードを綴ったフォトエッセイ。公文さんと一緒にネパールの農村や町を歩いているような、そんな気持ちになれる素敵な一冊です。

ネパールやインドでは、「チヤ」というお茶(さまざまなスパイスの入ったミルクティー。他の国・地域では「チャイ」とも)がどこでも飲まれていることをご存知の方も多いと思います。

この本の主な舞台であるバネパの街に、一軒の新しいチヤ屋さんがオープンしました。お店を営むのは若者たちですっきりときれいなキッチン(通常は年季が入って油や埃のしみついたテーブルやガス台というイメージ)、普通カップはガラス製だけれど黒いステンレスのものに入れてくれる、など他のお店とは異なる個性のあるチヤ屋さん。

そして何よりも、他のお店にはない、チョコレートのような独特のコクのある味わい。なぜこの店のチヤは他のお店とは一味違うのか? お店を営む若者が、公文さんにこっそり教えてくれた淹れ方の秘密とは――

写真だけではなく、文章を通して公文さんの感性の素晴らしさを味わえる、大好きな一冊です。魔法のチヤの秘密、ぜひ読んで確かめてみてください。

本で味わう朝ごはん

前回は、7月21日、22日(金・土)に池上ブックスタジオで行われたイベント「ワクワクおいしい 世界のはなし」の紹介をしました。

イベントで取り上げた絵本『あさごはんで世界いっしゅう』(汐文社)のタイトルからの連想で、世界の台所探検家・岡根谷実里さんイラストレーター・スズキトモコさん、翻訳家・星野由美さんの間で行われたトークでは、「朝ごはん」が主なテーマとなりました。

とても美味しそうで楽しい、でも考えさせられるところもたくさんあったお話。話者の方々の印象に残っている朝ごはんのエピソードを聞きながら、自分にはどんな朝ごはんの記憶があるだろうか、とぼんやり考えていました。

一つ、二つと思い浮かべつつ、同時にこのイベントのことをブログで紹介しようと考えていたところ、それならば、併せて「朝ごはんと本」のことを書いてみよう、と思い至ったのです(常に、記事につながる本の話を探しています 笑)

というわけで、今回のテーマは「本のなかの朝ごはん」。本のなかに登場する印象的な朝ごはんや、朝ごはんにまつわる本を少し取り上げたいと思います。

まずいちばんに思い浮かんだのが、トルーマン・カポーティティファニーで朝食を

ギターを爪弾き歌う「ムーン・リバー」のシーンをはじめ、オードリー・ヘプバーン主演の映画がとても印象的ですよね。映画の冒頭では、オードリー演じるホリーが、ティファニーの店舗のショーウィンドウを見ながらクロワッサンとコーヒーの朝食をとるシーンが出てきます。

でも、実際に宝飾店ティファニーで朝食が提供されているわけではなく、タイトルの“Breakfast at Tiffany’s”は、ホリーが述べた「ティファニーで朝食を食べられるくらいの身分」という例えです。先ほど挙げたクロワッサンとコーヒーの朝食というシーンも、カポーティの原作には描かれていないのだそうです(かつて自宅に、『冷血』と一緒に新潮文庫が並んでいた記憶があるのですが、おそらく読んでいなかったのだと思います 笑)

同じ新潮文庫で、現在は村上春樹さん訳のものが刊行されていますね。この機会に改めて読んでみてはいかがでしょうか?

本の話と言いながら、いきなり映画の話になってしまいましたが、映画、あるいはドラマなどの映像作品のほうがパッとイメージしやすいところがあるのかもしれません。

スタジオ・ジブリの映画に登場する朝食といえば、何と言っても『天空の城ラピュタ』。パズーが手際よくフライパンを操り、そして急な事態にサッとカバンに詰め込んで、地下坑道でシータと一緒に食べたベーコンエッグトースト。パズーがずるりと一口で目玉焼きを食べてしまう様子がおもしろいですね。

同じくジブリの作品で、『コクリコ坂から』では主人公・メル(松崎海)が毎日下宿の朝ごはんを作っています。こちらでも手際よく目玉焼きが作られていき、みんなの前に供されます。国や文化によって朝ごはんのスタイルはさまざまで、日本のなかでもごはん食/パン食で分かれることが多いかと思いますが、卵はいずれにも定番のおかずですね。鮮やかな黄色は、見た目にも元気をもらえそうです。

ほかにも、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の朝食を作るマシーン(笑)があったり、NHKの朝の連続テレビ小説をはじめとして、日本のドラマでは家族で朝食を囲むシーンがとても多く出てくるなど、探せば探すだけ、浮かんでくると思います。

でも、「本のなかの朝ごはん」と考えてみると、意外なことにそこまでスムーズには浮かんできませんでした。お昼ごはん(村上春樹作品で主人公が茹でるパスタとか)やお弁当(昔話や絵本には定番ですね)、夕ごはん(夕食を食べながら親との会話でモゴモゴする青春モノは多々ありますし、贅沢なディナーからバーでお酒を楽しむ洒落たシーンまで、こちらも枚挙にいとまがないかと)は、たぶん本のページをめくればすぐに印象的なものが見つかると思います。

私の読み方が表層的で記憶に留められていない、というのも大きな要因でしょう。でも、もしかすると(特に日本では)朝ごはんが他の食事以上に「ベーシック」な存在だから、ということもあるのでは?などと考えたり。

 雑誌『サライ』で著名人が自分の朝の定番メニューを紹介している「朝めし自慢」のコーナーが大好きだ。『サライ』を買う時はもちろん、立ち読みで済ます時さえも、あのページだけは欠かさずに読む。(中略)
 これが「我が家の夕食」というコーナーだったら、メニューや人によっては読まずにスルーしていると思う。夕食は好みが分かれるし、食べる時間も場所も人によってまちまちだと思うから。
 朝ご飯は食事のなかでも最もファンダメンタルで、大事な食事。

 

山崎まどか「朝ごはん日和」(『おいしい文藝 ぱっちり、朝ごはん』河出文庫

ここにあるように、最も基本的で、最も安定しているから。そしてただおなかを満たすためだけでなく、一日の活力を準備する大事なものだからということもあって、多様さや彩りという観点では描かれにくいのかも……などと考えたのです。そこから逆に、夕食の多様さが、その場面が描写されやすいのではないか、とも。

それこそ朝の連続テレビ小説では、戦前の日本を舞台に、女性の主人公が朝早くに起きて一生懸命朝ごはんの準備をするというシーンが幾度も描かれてきましたが、それは決して楽しい経験としてばかりではなかったと思いますし、いざ食べるとなると、朝ごはんの後には一日の活動が待っているから、夕食に比べてのんびりした感じは少ない。表現の対象としては、もしかするとちょっと寂しいのかもしれません。

※ただ、上述のように、これは私の読書世界がただ狭いだけである可能性も大いにあります。もし、美味しそうな朝ごはんの場面を描いた本・物語をご存知でしたら、ぜひ教えてください!

とはいえ、「朝ごはんはシンプルで簡素なもの」ということでは決してなく、誰にとっても豊かな朝ごはんの記憶や思い入れはあるものです。それは、物語作品よりも、エッセイを読むとじっくりたっぷり味わえるかもしません。

先ほど引用をした『おいしい文藝 ぱっちり、朝ごはん』(河出文庫)は、古今の作家・文筆家の方々が朝ごはんについて綴った文章を集めたアンソロジー。とにかく美味しそうな文章ばかり(でもそのなかに、「だから私は◯◯が好きじゃない」という話などもあっておもしろいのです)。どれも印象的なのですが、久住昌之さんのアジの干物のお話は、本当に美味しそう。そして解説で荻窪本屋Titleの店主・辻山良雄さんが述べられているように、「納豆」について書いている人が多かった、と私も感じました。

また、朝ごはんについてのエッセイといって思い浮かんだのは、ロシア語の通訳者で名エッセイスト・米原万里さんの『旅行者の朝食』(文春文庫)

内容は朝ごはんだけに限らず、ロシアと関わることを中心に、「食」にまつわる幅広い、そして実に楽しいお話が詰まっています。タイトルに冠された「旅行者の朝食」という言葉。常にジョークとともにあるロシア(旧ソ連)の人は、それを耳にするだけで大爆笑で、通訳をする米原さんははじめその意味がわからず困惑するのですが……ロシアにおける「旅行者の朝食」とはいったい何なのか、ぜひ本を読んで確かめてみてください。

朝ごはんについての本、といえば、向笠千恵子さんの『日本の朝ごはん』(新潮文庫)も名著ですね。目に楽しく、多彩で深い朝ごはんを巡るお話の綴られた一冊。ちょっと奥のほうにしまい込んでしまってすぐに読み直せないのがちょっと悔やまれます。

単著でもアンソロジーでも、「朝ごはんにまつわる本」はほかにもたくさん見つかりそう。旅との相性もよさそうで、旅先でパラパラめくりたくなりますね。

そんなことを考えつつも、確か、朝ごはんの描写が出てくる好きな作品があったはず……と記憶を手繰っていたら、ようやく思い出しました。

瀬尾まいこ『そして、バトンは渡された』(文春文庫)

 何を作ろうか。気持ちのいいからりとした秋の朝。早くから意気込んで台所へ向かったものの、献立が浮かばない。
 人生の一大事を控えているんだから、ここはかつ丼かな。いや、勝負をするわけでもないのにおかしいか。じゃあ、案外体力がいるだろうから、スタミナをつけるために餃子。だめだ。大事な日ににんにくのにおいを漂わせるわけにはいかない。オムライスにして卵の上にケチャップでメッセージを書くのはどうだろう。また優子ちゃんに不気味がられるのがおちかな。ドリアに炊き込みご飯にハンバーグ。この八年で、驚異的に増えた得意料理を頭に並べてみる。何を出しても優子ちゃんは、「朝から重すぎるよ」と言いながらも残さず食べてくれるだろう。でも、きっと、今日は話が尽きない。冷めてもおいしくて、簡単に食べられるものがいい。
 「卵料理はみんないろいろ作ってくれたけど、森宮さんのオムレツは固まり具合がちょうどよくて一番おいしい」
 いつか優子ちゃんはそう言っていたっけ。そうだ。ふわふわのオムレツを挟んだサンドイッチにしよう。そう決めると、バターと牛乳、そして、たくさんの卵を冷蔵庫から取り出した。

これが物語の冒頭です。朝ごはんだというのに、なんというボリューム、でもなんと美味しそうなのでしょう。物語を読み進むにつれて、それぞれのメニューが登場し、ふむふむ、となります。そして、物語の結末を知って改めてこの冒頭を読むと、しみじみ胸が温かくなります。それはぜひ、みなさんご自身で読んでみてください。

朝ごはん、やっぱりいいものですね。
今朝は、何を食べましたか?

ワクワクおいしい 世界のはなし(池上ブックスタジオイベント)

7月21日(金)・22日(土)の2日間、池上ブックスタジオでは「ワクワクおいしい 世界のはなし」というイベントが開催されました。
おかし文庫さん・はいくやさんの共催)

おかし文庫さん&はいくやさん謹製のフライヤー

『世界の食卓から社会が見える』と『あさごはんで世界いっしゅう』&『おまつりとごちそうで世界いっしゅう』という2種の本を取り上げ、食を通して世界のさまざまな文化に触れるという催し。著者、イラストレーター、翻訳者という本づくりに携わった方を招いての特別トークも行われる、なんとも充実の構成です。夏休みの最初の週末、宿題や自由研究のヒントにも、休暇中の旅のイメージを膨らませるにも、とても素晴らしいタイミングの企画でした。

“世界の台所探検家”岡根谷実里さんが、「世界一おいしい社会科の教科書を作りたい」という思いで手掛けた『世界の食卓から社会が見える』(大和書房)

誰もが毎日関わっている「食べる」という営み。当たり前のように、いつもの食事を口にしているけれど、そこからふっと浮かんだ疑問を少し掘り下げてみると……地理、歴史、宗教、政治などなど、「食」は世界に通じる窓です。単に食べる、おいしいということを超えて、社会を、世界を考えることにつながる、アクティブな教科書といえる一冊です。

『あさごはんで世界いっしゅう』&『おまつりとごちそうで世界いっしゅう』(汐文社)は、6月末に2点同時に刊行された、食と世界にまつわる翻訳絵本。朝ごはんと、おまつりのハレの食事というテーマで、国から国へと移動していくように、それぞれの文化が紹介されていきます。

原書はそれぞれ「Pancakes to Parathas ~Breakfast Around the World~」「Feast and Festivals Around the World ~From Lunar New Year to Christmas~」という海外の絵本。この絵本について興味深いのは、原書のイラストを手掛けているのも日本のイラストレーターさんだというところです。

そのイラストを描いたスズキトモコさん、そして文章を翻訳した翻訳者の星野由美さんが、7月22日(土)に池上ブックスタジオに来てくださいました。

さらに、『世界の食卓から社会が見える』の著者・岡根谷さんも、なんと取材で訪れているブータンからzoomでブックスタジオに登場。前半は星野さん×岡根谷さん、後半は星野さん×スズキさんによるクロストークが行われました。

岡根谷さんは、ブータンで訪問していた家からの接続。これからお昼ごはんをつくるところを見せてもらうとのことでしたが、絵本のタイトルにも絡めて、「朝ごはん」を切り口にトークは進んでいきました。

……と言っても、私たちは「朝ごはん」を何気なくごく自然なものとして捉えがちですが、それほど確たるものではないのでは?という岡根谷さんからのハッとさせられる問いかけから、話は広がっていきます。

ちょっと考えてみるだけでも、ごはん(米)かパンか/どんなおかずを食べるのか/そもそも朝ごはん食べない人だって少なくない……というように、日本の朝ごはんだけでも決して一様ではありません。

他の国や文化に目を向けた場合、より一層その多様さは広がります。そもそも気候や文化によって食文化自体に違いがあり、食材にも料理にも、食べる時間や様式にも、それぞれ特徴があるのはもちろんなのですが、同じ文化においても、各家庭ごとに、あるいは同じ家庭のなかでさえも、朝ごはんの在り方は異なっていることも少なくありません。

だからと言って、それは決してみなてんでんばらばらということではなく、地域や文化という大きな枠組みから、家族内に見られる個々の生活スタイルに至るまで、朝ごはんの在り方に一人ひとりの人の、そして一つひとつの家族の「暮らし」の在り方がのぞいていて、さらにそれが重なり合うことである集団や文化の「暮らし」のかたちが見えてくるのでしょう。お二人のトークを聴きながらそんなことを考えました。

岡根谷さん、星野さんにとっての印象的だった朝ごはんのエピソードをお聞きして、トークはいったん中締め。続いて始まったスズキトモコさんと星野さんのトークは、今回の絵本が刊行されるに至るまでのお話を軸に進んでいきました。

前述のとおり、海外で刊行された絵本ですが、出版社がおそらくインターネットを通じてスズキさんのイラストを知り、本のイメージに合うということで依頼をしてきて、『あさごはんで世界いっしゅう』の原書が出来上がりました。すると、この本を星野さんがやはりインターネットで発見、ぜひ翻訳したいと考えて、日本の出版社に働きかけたことで、今回の翻訳出版につながります。

イラストを手掛けることになったのが日本人だったのは偶然でしたが、そのおかげで原案・原文にあった日本の食文化についての微妙な誤解が解消されたこと(スズキさんはイラストだけでなく、その点については校閲にも関わったと言えますね)。なかなか進まなかった企画が、スズキさんのイタリア・ボローニャ国際絵本原画展入選、および板橋区立美術館から展示が始まることが決まったことで、一挙に2タイトル同時刊行に至ったこと。――ふだんはあまり聞くことのない絵本ができるまでのお話を、たっぷり堪能することができました。

なごやかなトークとともに、スズキさんのイラスト原画の展示も。また、ブックスタジオの棚主有志による「旅の本」の展示販売も併せて行われ、ブックスタジオの一画が、本を通して旅気分を味わえる・旅心を刺激される空間になりました。

イベントは2日間のみでしたが、ゲストでお越しいただいたみなさんの本は、引き続きブックスタジオでも、またそのほかの書店でもご覧いただけます。夏休み、あるいは秋の行楽シーズンに向けて、ぜひ旅の本を大いに楽しんでください。

 

プラハとベルリン、本の旅(3) 赤いゾウとオセロット

前回は、池上ブックスタジオで始めた新しいフェアについてご紹介しましたが、再びプラハとベルリンの旅に戻りたいと思います。

最初の記事で述べたように、今回の旅の主目的はベルリン。でもせっかく遠い欧州の地まで足を伸ばすので、ドイツ・ベルリンとは異なる雰囲気を味わえて楽しめる町も訪れてみたい。そこでベルリンから比較的アクセスしやすい町を探してみた結果、プラハを訪れることにしたのです。

空便の旅程としてはベルリンin・ベルリンoutだったので、先に遠方にあるプラハを訪問し、残りの時間をゆっくりベルリンに滞在しようと計画を立てました。幸い、往路便のベルリンへの到着は朝9時。ちょっとハードな行程にはなりますが、そのままベルリンから列車で移動すれば、午後早めにはプラハに到着できるスケジュールです。

そのつもりで各町の宿泊先や特急列車の手配を進めていたのですが……なんと出発2日前になって、私たちが到着する日に、ドイツ全土で交通ストが行われることが決定したのです。

国際線を含めて都市間を移動する特急列車はすべて運休、空港も機能をストップするとのことで空路も不可。バス移動という方法がないわけではなかったのですが、こちらも高速路のトンネルなどが閉鎖される可能性があり、無事到着できるのかまったく見込みが立たず。さすがに子連れで(かつ空路からそのままの移動で)この選択肢を選ぶことはできませんでした。

他の空港はすべて運休で国際線もすべてキャンセルされるなか、ベルリン空港だけは唯一稼働していて入国できたこと。またベルリンの市内交通も、郊外列車(S-bahn)以外の交通機関ーー地下鉄、バス、トラムーーは通常どおり動いていたこと。これは不幸中の大きな幸いでした。急ぎ宿泊や交通の予約を調整し、到着した日はベルリンにとどまって市内を歩き、翌朝いちばんにプラハ行きの列車に乗ることにしたのです(そこから、もともとの旅程を一日分ずつずらすかたちに)。

そんなわけで、まずは一日、ぶらりとベルリン市内を歩くことから始まった旅。さっそく本の場所との出会いが待っていました。

プラハ同様、ドイツ語もちゃんとは理解しておらず(簡単な買い物くらい)、英語サイトも十分に渉猟はできていないので、直に見た印象の話としてご理解いただければ幸いです。

Map dataⒸOpenStreetMap contributors

①Library of the German Bundestag(図書館)
ベルリンの街を歩き始めて割とすぐに、モダンな建物が気になって何なのかを調べたら、図書館でした。ちょっと外から見た様子も、Google Map上の情報を見ても、現代的でなかなかおもしろそうな様子。ベルリンの観光エリアの中心地であるウンター・デン・リンデンに近いところにあり、いつでも訪れられそうだったので、「後で寄ってみようね」と言っていたのですが、なんと土曜日は休館で結局訪れられず……(泣 旅程が一日ずれたことの影響がこんなところに)

②Staatsbibliothek zu Berlin - Preußischer Kulturbesitz(プロイセン文化財ベルリン州立図書館)
こちらもウンター・デン・リンデンにある図書館フンボルト大学の隣にあり、荘重な建物からもアカデミックな雰囲気が感じられます。

1階部分にはギャラリーもあるようで、文字についての展示が行われているようでした。内部は宮殿のような立派なつくりで、閲覧室への入り口は大きな中央階段を上がった2階部分。ゲートがあって入館前のチェックがあるようです。

「旅行者なんですが、中に入ることはできますか?」と尋ねると、荷物は1階のロッカーに置いてくること、入ることは可能だけれど見学目的であれば15分程度で、とのこと。利用登録している人だけが入れるという仕組みのようです。

ゲートを通ると、中央は広々としたフロアで、3階、4階は広い側廊のようになっていて書架と閲覧・作業席が並び、高い天井まで吹き抜けになっている構造(訪れたことがあるところでは、神奈川県の海老名市立中央図書館にちょっと似ていましたが、サイズ感はこちらが圧倒的に大きいです)。天井からは現代アート的なオブジェが下がっていました。

書架の本を見ると、専門書が圧倒的に多く、利用している人たちの様子を見ても、読書を楽しむというより、ほぼ勉強か仕事をしているようでした。児童書や娯楽的な一般書がどうにも見つからず、子は早々に飽きてしまったよう(15分くらい、確かにちょうどよかったかも 笑)。美しい場所で雰囲気は非常によいだけに、ちょっと残念。

もっとも、この図書館に児童書などがないわけではなく、宮殿のような建物の別の場所に部屋があるようでした。残念ながらそちらは17時でクローズらしく(到着した時点で17時半くらい)、見ることができませんでした。何にせよ建物自体が大きく、一通り見て回るだけでもかなり歩くことになる場所でしたが、せっかくなので隅々まで見てみたかったです。

③Buchhandlung Walther König an der Museumsinsel(書店)
おしゃれなショッピングエリア・ハッケシャーマルクトから博物館島(ペルガモン博物館など著名な博物館が集中している中洲の島)のほうへ行くところにある書店。正面から見た以上に、店舗は奥までとても広く、かなりの本があります。特にアート系の本が充実していて、この日は絵画集などのビジュアル本の割引フェアが行われていました。児童書もたくさんあって、子どもも楽しめる書店です。

下写真の右奥の猫は、なんと川村元気さんの『世界から猫が消えたなら』の英語版。このお店に限らず、ベルリンではレジ近くやメインの平台に、英語の本が多く置かれていたのが印象に残っています。

④Zentral- und Landesbibliothek Berlin(ベルリン州立中央図書館)
プラハを訪れ、再び戻ってきてからのベルリン散策。あまり天候が優れず(特にお昼以降)、小雨の降るなか、あるいはにわか雨の合間を縫って、あちこち訪ねてみました。

そのなかで、②Staatsbibliothek zu Berlin からほど近いところにもう一つ図書館がありました。入口のガラスドアには、さまざまな書体の「A」が飾られていて、これだけでなんだか楽しい気分に。

入ってみると、なんとなく日本の普通の公共図書館と似た雰囲気を感じます。受付の人に「旅行者なんですけど、入ってもいいんですか?」とおそるおそる聞いてみると、全然問題ないよ、とのこと。ホッ。

整然とした書架と閲覧スペースがあり、一部の本がピックアップされて見やすく展示されていました。1階にあったのは、理工・医学系の本、料理やヨガなどライフスタイル関連をはじめとする実用書など。分類もわかりやすく利用者にやさしい構成でした。

歴史や人文、文学、あとおそらく児童書などは2階にあったようなのですが、今回も残念ながらギリギリ時間オーバー(~17時)、見ることがかないませんでした。

音楽CDや映画のDVDなどソフト系の貸し出しもある様子。自動貸し出し機があるところも、最近の日本の図書館と似ているところでした。

ロビーのほうにはちょっと変わったデザインの椅子があって、のんびりくつろぐこともできます。バックギャモンみたいなゲームで遊んでいる人たちがいましたが、たぶんそうしたゲームの貸し出しもあるのではないかと思いました。

⑤Philipp-Schaeffer-Bibliothek(図書館)
街歩きの最終日は土曜日。そのため、開館していない図書館も少なくありませんでした。そんななかで、14時までと短いながら開いているという図書館Google Mapで発見。

路面店ではなくて、通路を抜けた敷地の奥、中庭のある古い建物の中にありました。入ってみると、④の図書館以上に、日本の町の図書館と同じような雰囲気。とっても落ち着きます。

探偵モノやファンタジーなどは、棚の側面に描かれたイラストでジャンルがわかる(しかもそのイラストがおしゃれ)。表紙を見せる本の並べ方もスマートで、とてもいい雰囲気です。日本のコミックスをはじめ漫画も充実していて、子はすっかり読みふけっていました。

素晴らしいのは2階の閲覧スペース。中庭に面していてとても明るいのです。この日はあいにくの雨だったのに、まったくそんなことを感じない心地よい空間でした。

1階、2階の図書館部分だけでも十分に素晴らしかったのですが、そこからさらに地下階に降りていくと……そこにはもう一つ、夢のような空間がありました。

Der rote Elefant

「赤いゾウ」ですね。児童・青少年向けの本の企画運営団体による施設のようでした。

小さい子どもたちが、自分の好きな場所で(隠れても閉じこもってもOK)本を読めるように、そのサイズ感に合わせて、たくさんのスペースが用意されていました。そして、どこに行っても手を伸ばすと絵本・本が置いてある。

絵本、読み物、ビジュアルメインの本、コミックスまでさまざまな本があり、さらにゲーム機のソフトまでありました(その場でもプレイできるし、貸し出しもあり)。お話し会などのイベントができるスペースや、天窓の下の明るいところにギャラリーもあり、本を読むもよし、ゲームをするもよし、ただのんびりぼーっとするのもよし。本当に素晴らしい空間でした。

受付のところにいる司書さん?はニコニコ笑顔で、子どもたちが次々と相談やお願いにやってきていました。あまりに素敵な光景で、「ここは本当に素晴らしいですね!」と思わず司書さんに話しかけてしまいました(ヘンな人ですよね)

1時間半もいられなかったけれど、それ以上開いていたら、子も自分もたぶんずっとここに居続けてしまったと思うので、それはそれでよかったのかもしれません。

ガイドブックにはもちろん出ていない場所(ネットでも日本語で書かれた情報は見つけられませんでした)。プラハでもそうでしたが、こういう出会いこそが、本当に旅の醍醐味ですね。

⑥Ocelot(書店)
⑤に隣接する、とてもおしゃれな、カジュアルな雰囲気で入りやすい書店。店名の「Ocelot」はシュッとしたネコ科の動物で、ロゴやグッズに描かれています。入り口側はゆったりとしたカフェで、若いお客さんが多く集まっていました。

手前側には特集棚やレクラム文庫のラックなどがあって、大判の写真集や料理書、奥には児童書もたくさん。ソファーもあってゆっくり読むことができます。また、ZINEみたいな本のコーナーがあったり、センスのよいオリジナルグッズも多々と、充実したお店でした(隣の図書館と合わせて、本好きには大満足の場所)。

⑦Bücher Für Alle(電話ボックス図書館)
『ベルリンうわの空』にも登場する、使われなくなった電話ボックスを活用した街角図書館。実はこの前にもう一箇所、地図情報を頼りに行ってみたものの空振りしていたので(存在はしていたものの朽ちている感じで、ドアが開かなかった)、改めて発見できてうれしさもひとしお。

並んでいるのは本だけじゃなく、ゲームブックや衣類まで! ……でもこれ、持っていっていいのか、レンタルなのか(あるいは物々交換的な?)、ちょっとわかりませんでした。

⑧Dussman(書店)
最後に訪れたのは、地下1〜4階まである巨大な書店。日本で言えば丸善ジュンク堂紀伊國屋書店のような総合書店というイメージでしょうか。でも、並んでいるのは本だけじゃなくて、文具、おもちゃ、本関連のさまざまなグッズ、さらには季節のお菓子まで。趣味・娯楽的なものであれば、正直、ここだけでなんでもそろうんじゃない?というくらい非常に充実したお店でした。

店内に活版印刷機があったり(実際にワークショップ的なことも行われていそう)、本と関連するグッズを一緒に並べるなど工夫を凝らした棚作りがされていたり、おもいっきりおもちゃで遊べるスペースがあったりと、とにかく至れり尽くせり。しかも空間として非常に美しい!

たぶん、ここだけに数日間ずっといてもいいくらい、満足度の高い場所でした。

 

最後におまけとして、開店時間には行けなかったお店を。滞在していたホテルの最寄り、SavignyPlatz駅のすぐ近くに2軒の書店がありました(1軒は線路のガード下)。ずっと歩き回っていたら、どちらも開店時間に訪れられず……特にガード下の書店はとても魅力的な雰囲気だったので、訪問できなかったのが悔やまれます。


……でも、(書店についての話ではありませんでしたが)「次来たときは、あそこに行ってみたいな」という子の発言のとおり、また、いつか来ればいいんですよね。この街を、あの場所を、また訪れようーーそう思えたということはいい滞在だったという証拠。そして、そういう思いがあれば、これからの日々も楽しく、充実したものになっていくのではないかと思います。

プラハの、ベルリンの本の場所を再び訪れる日を夢見て。そして、まだ見ぬ新しい本の場所との出会いを楽しみに。